エリーのおっぱい――じゃなくて着替えアクシデントと、俺の実習着着用拒否――もとい、まずは理論を学びたいという強い要望により、イザベル先生による魔法の基礎の授業が始まった。
予め入門用の魔導書を読んでいた事と、分からなかった事をアオイに教えて貰っていたため、特に躓く事無くすんなりと頭に入って行く。
後は、この内容を実際に行う才能やセンスがあれば問題無しだ……俺は。
「え、えっと、ハー君。さっき先生が言っていたのって……」
「魔法は大まかに、精霊魔法、神聖魔法、錬金魔法、召喚魔法の四種類に分類されるけど、これらに属さないその他の魔法を汎用魔法って呼んでいるって話だよ」
「ハー君。今、先生が説明したのって、どういう意味なの?」
「これは、精霊が司る元素の事で、火と水、風と土、光と闇は打ち消し合うって事だよ」
「ハー君。どうしよう。さっきの箇所、意味が全然分かんないよー」
「今のは、魔法の薬を作る際に、材料に含まれる必要な成分だけを抽出した方が、余計な物が入っていないから、効果の高い薬が作れるよっていう説明だよ」
だが残念な事に、エリーはイザベル先生と相性が悪いのか、それとも予習をしていないからなのか、事ある度にこっそりと俺に尋ねてくる。
しかも、質問も基本的な事で、アオイに確認する程の内容ですらない。
「ハー君って、凄いねー! どうして、そんなに詳しいのー?」
「いや、全部魔導書に載ってる内容なんだけど」
「……うん。そうだねー。ヘンリー君は転科してきたばかりだけど、魔法の基礎的な事は知っているみたいだし、特別授業はここまでにしておきましょう。あとエリーちゃんも、ヘンリー君が居れば大丈夫よね」
あ、あれ? 「じゃあ、後は自由研究時間だから、二人で頑張ってね」と言い残し、イザベル先生が部屋を出て行ってしまった。
「ねぇねぇ、ハー君。このページなんだけど、どういう事か教えてー」
だが、エリーはお構いなしに、無邪気な笑顔を浮かべて質問を投げかけてくる。
……イザベル先生、エリーを俺に押し付けて行きやがった!
はっきり言って、俺は宮廷魔術士になるべく魔法の勉強がしたい訳で、魔法の先生を目指している訳ではない。
一先ず、エリーに質問された箇所を教えた後、エリーの目をジッと見つめて問いかける。
「えっと、エリーも俺みたいに転科してきたのか?」
「ううん。エリーは最初から魔法科だよー。でも、ハー君は転科してきたばかりなのに魔法に詳しいよね。凄過ぎて、憧れちゃうよー」
「いや、これはちゃんと予習をしてきたからなんだけどさ」
「そうなんだー。ハー君は偉いねー。エリーも予習復習を毎日やっているんだけど、専門外の魔法の事は全然分からなくてー。困っているんだー」
「専門外……って、あれ? そういえば、エリーはもうクラス判別の儀はしたの?」
「うん、やったよー。エリーは、錬金術士クラスだったんだー」
そうか。最初にイザベル先生から、基礎魔法コースに居るのは魔法の理解が遅れている生徒って聞かされたけど、一方で俺みたいなレアなクラスの生徒も居るって言っていたっけ。
この入門書は人気の高い精霊魔法と神聖魔法の事が多く書かれてあるから、王宮魔術師を目指す為にどんな魔法でもやろうと思っている俺みたいな奴には良くても、自分の専門だけに特化して伸ばしたいって奴には不利なんだ。
くそっ! 召喚士や錬金術士は、とことん不利じゃねーか。
「そっか。俺は召喚士だったんだけど、本当は神官戦士……というか、騎士になりたかったんだ。エリーの元々希望していたクラスは何だったんだ?」
「エリーは元々の希望も錬金術士だよ? あ、レアクラスなんて言われ方をされているけど、この学校に錬金術士の先生が居ないだけで、割と普通なんだよ? エリーのお母さんも錬金術士だしー」
「あ、あれ? そうなんだ」
「うん! でもね、やっぱり教えてくれる先生が居ないのは大変なんだー。お母さんから、この魔導書を勉強しなさいって言われたんだけど、難しくてねー。お母さんも忙しいから、あんまり質問出来ないし」
「ふーん。参考までに、何が分からないか教えてくれる?」
「えっとねー。今、困っているのは……ここ。ホムンクルスの製造が上手くいかなくて、何度やっても失敗しちゃうんだー」
エリーが出してきた中級錬金魔法Ⅲという魔導書を眺めるが、俺には何が書いてあるのかすら分からない。
(アオイ。錬金魔法って教えられるか?)
『んー、錬金魔法も使う事は出来ますが、正直得意ではないです。けど、ここに書かれている内容のレベルなら大丈夫ですよ』
(そうか。悪いんだけど、ちょっとエリーに教えてやってくれないか?)
『構いませんよ。では、今から私の説明する通りに、ヘンリーさんが喋ったり、魔法を使ったりしてくださいね』
(分かった。悪いけど、頼むよ)
エリーが俺と同じ教師不在の状態だと知り、アオイの力を借りて先生の真似事を始める事にした。
「えっと、エリー。ここに書かれている材料は全て揃っているんだよな?」
「うん、あるよー。ちょっと待っててね」
エリーが実習着を入れていた自分の鞄を漁り、ちょっとした大きさの箱を取り出した。
「これ、結構重そうだけど、毎日持って来ているのか?」
「うん。錬金魔法は材料が無いと、何にも出来ないもん。といっても、見た目と違ってそんなに重く無いんだよー」
「あ、本当だ。……っと、話が逸れたな。えっと、先ずはこの材料を鑑定してみるから、ちょっと貸してもらうよ」
「鑑定?」
「あぁ。それぞれの素材に、さっき話した必要な成分がどれくらい含まれているか――質を調べるんだ」
エリーにアオイの説明を伝えつつ、箱の中に入っている材料を手に取ると、
「アプレイザル」
錬金魔法の一種、手にしたアイテムを鑑定する魔法を順に使っていく。
――グリーンスネイクの抜け殻。品質:D。ランク:F――
――スケルトンファイターの骨。品質:D。ランク:F――
――レッドスライムの核。品質:C。ランク:F――
……
箱の中に入っていた材料を全て鑑定した俺は、アオイの言葉をエリーに伝える。
「エリー。錬金魔法が成功しない理由は、残念ながら、集めて来たこれら材料の質が悪いからだ」
「えぇっ!? そんなぁー。集めるのに、結構お小遣い使ったのにー」
「……あー、聞いた話によると、こういう材料は、自分で集めるか、そうでなければちゃんとした場所――錬金ギルドとかで買った方が良いらしいぞ」
「そうなの!? 知らなかったよー。流石、ハー君。物知りなんだねー」
「いや、ちょっと知人から聞いた事があるだけだよ」
「でも凄いよー。その聞いた話をちゃんと覚えていて、困っているエリーに教えてくれたんだもん」
覚えていたというか、今アオイに教えてもらったのをそのまま喋っただけなのだが。
というかエリー、近い。顔が近いよっ! 尊敬の眼差しで俺を見つめなくても良いからさ。
「ちなみに、これらの材料って、どこで買ったんだ?」
「確かー、イザベル先生について来てもらって、街の露店で買ったと思う」
……あの先生、結構適当だな! まぁ錬金魔法は専門外なのかもしれないけどさ。
「ねぇ、ハー君。じゃあ、エリーは材料集めからやり直さないといけないのかなー?」
「いや、大丈夫だ。質が悪いというのは、不純物が多いって事だから、その不純物を取り除けば良いんだ」
「不純物を取り除く……って、ハー君。鑑定だけじゃなくて、そんな事まで出来るの!? 本当に凄いんだね」
「あはは。まぁ任せとけって」
俺は困っているエリーを助けるため、アオイの説明に従って、材料の精製に取り掛かる事にした。
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