「ん……あ、あれ? 私……どうして?」
「あ、シャロンさん。目が覚めました? お仕事が大変だったんじゃないですか? 疲れて眠ってしまうなんて」
「え? 私、寝てたんですか? ……確かに寝るのは好きですけど、お仕事中に寝ちゃった事なんて、ちょっとしか無いのに」
いや、ちょっとでも仕事中に寝た事があるのかよ。
少しすると、倒れたシャロンさんが不思議そうに小首を傾げ、慌てだす。
「そ、そうだっ! 壁っ! 壁がっ!」
「か、壁? 何の事ですか?」
「え? ヘンリーさんも一緒に見ましたよね? あの壁を」
「……な、何の事か分からないです。か、壁の穴なんて、知りませんけど? 夢でも見ていたんじゃないですか?」
あ、あれ? どうしてだろう。
完璧にシャロンさんが夢だと思うように仕向けたはずなのに、物凄いジト目で俺を見てくる。
まるで俺の事を疑っているかのようだ。
『……語るに落ちるとは、こういう時の事を言うのでしょうか』
(どういう意味だよ。別に俺は変な事を言っていないだろ?)
『ヘンリーさんがそう思うのなら、それで良いんじゃないですかねー』
良く分からないアオイはさて置き、シャロンさんは何とかしなければ。
「そ、そうだ。シャロンさん、その大変な事になっているという壁を実際に見てみましょうよ」
「……」
現実逃避中なのか、何も言わず、動こうともしないシャロンさんの手を取り、ユーリヤが壊した壁の位置へ向かう。
「あ、あれ? 確かに、この壁が壊れていたはずなのに!」
「ね、穴なんて開いてないでしょ? やっぱり疲れていたんじゃないですか?」
「……私、穴が開いているなんて、一度も言ってないんだけどな……」
シャロンさんの呟きに内心冷や汗を掻きながらも、壁に問題が無い事を確認してもらい、強引に話題を変えてみる。
「あ、そうだ。シャロンさんが持って来てくれた資料を読んでいると、聖剣などの伝説の武器は、大半がドワーフか巨人によって鍛えられたって書いてあったんですよ」
「そうでしょうね。ドワーフは全員が鍛冶師であり、戦士だと言われる程の種族ですし、巨人の中は神様から鍛冶のスキルを賜っている者が多いと聞いた事があります」
「で、ですね。人間の鍛冶師ではなく、ドワーフか巨人の鍛冶師に聖銀を鍛えてもらえば良いと思うんですよ。これ、良くないですか?」
シャロンさんが壁を気にしつつも、俺の思惑通りに話に乗ってくれた。
「確か、鍛冶師ギルドで聖銀の加工を断られたんでしたっけ。ドワーフや巨人の鍛冶師であれば、聖銀の加工も出来そうな気がしますね」
「でしょ? うん、我ながら良いアイディアだ」
「ですが、巨人の国もドワーフの国も、現在どこにあるか分からないという状況です」
「えっ!? そ、そうなんですか?」
「えぇ。ヘンリーさん。今まで、巨人の話なんて聞いた事がありましたか?」
「……無いですね」
言われてみれば、今まで生きて来た中で、巨人の存在自体を聞いた事が無い。
だけど、伝説の存在と言われたドラゴン――ユーリヤだけど――を見た事もあるんだ。巨人だって探せば見つけられるのではないだろうか。
「しかし、目の付けどころは良いのではないでしょうか。巨人は伝説の中の存在で、現在は手掛かりすらありませんが、ドワーフはまだ可能性があります」
「そうなんですか?」
「はい。ドワーフは鉱山を採掘し、掘りつくしたら次の鉱山へ……という常に移動する種族です。ドワーフと同じレアな種族――エルフは気に入った場所に定住するので、そちらと比べると探すのは大変ですが、巨人に比べればまだ可能性はあるかと」
「そうなんですね。エルフの村は見つけるのに数日掛かったから、ドワーフだと一ヶ月くらい掛かるのかな?」
「……え? エルフの村を見つけたんですか!?」
あれ? エルフの村の場所を知っているのって、結構凄い話なのか?
フローレンス様は特に何も言っていなかったけど……誤魔化した方が良いのかもしれない。
どうしようか。エルフがダメで、巨人やドラゴンなんてもっての外。ドワーフはこれから探す訳だし、他の種族って……あ、アタランテの猫耳はどうだろうか。
「え、エルフじゃなかったです。えっと、けもみみ……そう、けもみみの村を見つけたんです。いやー、あの獣人族達は性欲が強いですよねー。あっはっは」
エルフが勘違いだったと伝えるために、それらしい情報を付けて迫真の演技をすると、
『ヘンリーさん。今の棒読みの言葉は何ですか? というか、性欲が強いのはヘンリーさんもですよね?』
(いやいや、俺は普通だって。男はだいたいこういう生き物なんだって)
『どうでしょうねぇー』
何故かアオイが呆れだす。
そして俺の言葉を聞いたシャロンさんが、どういう訳か物凄く食いついてきた。
「あ、あのっ! 獣人族の村を見つけたって本当ですか!?」
「え? えぇ、も、もちろんです! じ、獣人族の人たちは、皆大きな耳が付いてますよね」
もちろん俺は獣人族の村なんて知らないし、唯一アタランテが猫耳というだけなのだが、どうしてこんなにシャロンさんが必死なのだろう。
大きな胸が俺の腹にくっつく程に近寄り、じっと俺を見上げていたかと思うと、シャロンさんがずっと目深に被っていたフードを外し、
「あ、あの、実は私も獣人族なんです。牛耳族っていう種族なんですが、どうか私を獣人族の村へ連れて行ってはくれないでしょうか」
唐突なカミングアウトをされてしまった。
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