「だ、第二資料庫の壁や扉って魔力強化されている上に、真銀でコーティングまでされているから、どんな槌や魔法でも破壊出来ないハズなのに……」
シャロンさんが目の前に開いた穴を見て、信じられないと呟き、そしてそのまま崩れ落ちる。
申し訳ない。言ってなかったけど、ユーリヤはドラゴンなんだよ。
幼い容姿からは想像出来ないけれど、聖銀ですら易々と砕ける程の力を持って居るんだ。
シャロンさんが床へ倒れる直前に抱きかかえ、ゆっくりと床へ寝かせる。
(アオイ。あの魔術師ギルドで訓練室を壊した時に使った魔法……あれって使える?)
『使えますが、利用可能な制限時間があります。十分以上前には戻せないので、使うのであれば早くした方が良いかと』
(よし、じゃあ早速使おう)
『待ってください。ヘンリーさんがシャロンさんを介抱している間に、もうドラゴンの子が中へ入ってしまいました。先に連れ出しておかないと、出口が分からないからと、同じ事をしてしまいませんか?』
それは非常に困る。
正式に仕官する前に、こんな大問題を起こした事がばれたら、俺を資料庫を入れるように手配してくれたフローレンス様に迷惑を掛けてしまうかもしれない。
とにかくシャロンさんが目を覚ます前に元へ戻して、夢でも見ていたのでは? と誤魔化さなければ。
目の前の穴に潜り込み、ユーリヤの姿を探していると、
「にーに。こっちー」
少し離れた場所で俺を呼ぶ声がする。
いや、こっち……とかじゃないから。とにかく、一刻も早くここから出ないと。
第一資料室よりも大きな棚が並ぶ中でユーリヤの傍に行くと、大きな牙のような物と、勲章? みたいな物が並べられていた。
「ユーリヤ、ダメだよ。こっちは入っちゃいけないんだ」
「にーに。これ」
俺の言葉を無視して、ユーリヤが目の前の棚を指さす。
早く連れ戻さないといけないのは分かっているのだが、つられて視線を動かし、書かれている説明文に目をやる。
――竜の牙と、竜殺しの勲章――
おそらくドラゴンを倒した証拠と、それによりドラゴン・スレイヤーと呼ばれるようになった者へ贈られた勲章なのだろう。
このユーリヤの上半身くらいの大きさがある長い牙は、何という種類のドラゴンの物なのだろうか。
間違ってもユーリヤと同じアースドラゴン……というか、ユーリヤを探して人々の前へ頻繁に姿を表していた親ドラゴンの物でなければ良いのだが。
「探してくれてありがとう、ユーリヤ。だけど、こっちの部屋は来ちゃいけないから、戻ろうか」
「……わかった」
竜の牙を前にユーリヤが何か言いたげだったけれど、一先ず第一資料庫へ一緒に戻り、
「リターン!」
以前にもお世話になった、限定的に時間を戻す魔法を発動させる。
一先ず、ユーリヤによって壊された壁が元通りに戻った所で、
「ユーリヤ。今度は、俺と一緒に本を読もうか」
「にーにと? よむー!」
同じ事が起こらないように、今度はすぐ傍に居る事にした。
入口近くに置いてあった椅子を借りると、先程シャロンさんが持って来てくれた資料の近くへ移動し、ユーリヤをそこへ座らせ……
「にーに。いっしょにすわるー」
られなかった。
結局俺が椅子に座って、俺の脚の上にユーリヤが座り、本――というか資料――を読む事に。
もしも俺に歳の離れた妹が居たら、こんな感じで絵本を読んであげたりしたのだろうか。
『ヘンリーさん。その子に――ドラゴンの幼女に変な気を起こさないでくださいね』
(変な気も何も、そういう要素が皆無なんだが)
『いえ、ヘンリーさんの事です。脚の上に乗る幼女のお尻が柔らかいとか、髪の毛から良い匂いがするとかって言い出すんでしょう?』
(流石にそんな事は……ま、まぁ確かに小さなお尻の感触がダイレクトに伝わってはくるけど)
『ほら、やっぱり!』
(……って、アオイが余計な事を言うからだろ!? 言われるまでは、ユーリヤのお尻とか全く意識なんてしてなかったのに!)
「にーに? よまないのー?」
「ん? あぁ、ごめんごめん。えっと、この聖剣の伝説の話だよね」
シャロンさんが集めてくれた聖剣の資料には、必ずといって良い程、その剣を使用していた英雄の物語が書かれていた。
なので、それをユーリヤにも分かるように、かなり噛み砕いて読み聞かせてあげている。
……果たしてこれがユーリヤにとって面白いかどうかは分からないが。
しかし、英雄によっては女性絡みの話が書かれている事もあるんだけど、果たしてこの記述は要るのかな?
どこどこの酒場の娘に手を出して、子供が生まれて……って、英雄の冒険譚に要らなくない?
あと、どの聖剣も、大概ドワーフが鍛えたとか、巨人が鍛えたとか……その鍛え方を書いておいてくれよっ!
「って、待てよ。鍛冶師ギルド――人間の鍛冶師に聖銀の加工を依頼して断られたけど、ドワーフや巨人の鍛冶師ならどうなんだ?」
「にーに? どーしたの?」
ユーリヤが俺の腕の中から不思議そうに見上げてくるが、予想外な所から、聖銀を加工するヒントが得られた気がした。
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