勧められるままにエリーの家で風呂に入り、身体を洗っていると、背後から扉の開く音がする。
何事かと思って振り返ると、白いタオルを身体に巻いただけのエリーが立って居た。
「――ッ!? え、エリー!? な、何を!?」
「何って、エリーもお風呂へ入りに来ただけだよ?」
「入りに来た……って、いやいやいや。エリー、今この状況が分かっているのか!?」
「ん? お風呂だよ? ……あ! 分かった! ハー君が何を言いたいのかが、やっと分かったー」
俺に指摘されなければ、どういう状況にあるか分からないってマズくないか? エリーも十五歳の女性なんだからな?
まぁ分かってくれれば良いかと、薄いタオル一枚だけの身体を思いっきり見たい気持ちを抑えつけ、エリーに背中を向けて浴室から出て行くのを待って居ると、
――ふにょん
唐突に、柔らかい何かが背中に触れた。
「あの、エリーさん? 何を……何をしていらっしゃるのかな?」
「何って、スポンジでハー君の背中を流してあげようと思って」
「チッ。この感触はスポンジだったのか……」
「え? ハー君何か言った?」
「こほん。えっと、エリー。さっきの話から、どうして俺の身体を洗う事になるんだ!?」
「だって、ハー君がエリーに背中を向けて、じっとしているから。未だお父さんが居た頃は、よく背中を洗ってあげたから、エリー上手いんだよー」
おかしい。いろいろと間違っている……って、お父さんが居た頃? そういえば、夕食の時間だけどお母さんしか居なかったな。
もしかして、エリーのお父さんは亡くなっているのか!? だから異性に対する知識が少ない……というか、無防備過ぎるのか!?
『それについては、ヘンリーさんも大概ですよ? あと、真面目な事を考えつつも、意識の八割がエッチな事で埋め尽くされているんですけど』
(俺の事は良いんだよっ! あと、この状況でエロい事を考えるなっていう方が無茶だっ! 俺からは何もしていないし、十分紳士だろっ!)
『でもそう言いながら、浴室にある鏡越しに彼女の身体を凝視していますよね? 紳士は紳士でも、変態な紳士です……』
くっ……エリーにはバレていないはずだが、アオイにはバレていたかっ!
アオイに変態呼ばわりされつつも、少しでも父親との触れ合いを思いだせるのならばと、好きなようにさせていると、
「こうしてハー君の大きな背中を洗っていると、お父さんの事を出すよー。お仕事ちゃんと頑張っていると良いんだけど」
「え? あれ? えっと、エリーのお父さんって……今、何をしているの?」
「エリーのお父さんは騎士なんだけど、特殊な任務で他の国へ行っているから、年に二回くらいしか会えないんだー。だから帰って来た時には、いつもこうやって背中を洗ってあげるのー」
「……ちなみに、エリーが一番最近でお父さんと一緒にお風呂へ入ったのは?」
「前に帰ってきた時だから、一ヶ月くらい前かな?」
なるほど。エリーが異性に対して抵抗が無いのは、お父さんが十五歳の娘と一緒にお風呂へ入る変態――もとい、過保護だからか。
『じゃあ、ヘンリーさんも変た……』
(だから、俺の事は良いってば。というか、俺とエリーは同い年なんだから、変態ではないんじゃないか? ある意味、男としては健全だぞ?)
『あの、そんなに顔を緩ませながら言われても、説得力が欠片も無いんですが……』
とはいえ、お父さんが健在なら、俺がこんな事をする必要もないだろう。
むしろ俺が暴走しかねない。というか、この状況が続いたら、俺の理性がもたずに、お母さんへ土下座する事態になりかねない。
柔らかい手つきで背中を優しく撫でられる感覚が心地良くなりつつあるので、急いでエリーを風呂から出さなければと考えて居ると、
「奥方様。奥方様が主様のお背中を洗われているので、私は前を洗いましょうか?」
「そうだねー。二人で洗えばハー君も綺麗になるもんねー」
「畏まりました。では主様、失礼いたします」
いつの間にかジェーンの声が浴室に響き、横から細くて白い手が伸びて来た。
「――って、待った! ジェーンも居るの!? いつから居たんだ!? というか、二人ともマジで何をしているの!?」
「主様。私は奥方様と一緒に参りましたが?」
「そっか。エリーの身体に夢中で気付かなかった……じゃないって! ダメ、本当にダメ。てか、ジェーンはタオルすら巻いてないじゃないかっ! 何で全裸なんだっ!?」
「主様。お風呂は裸で入るものかと」
「いや、そうだけど……そうじゃないっ!」
うぅ……初めては普通に恋人とが良いんです。初めては、訳の分からないまま理性を失って、勢いでそういう事をしたくないんです。
『ヘンリーさん。堂々と直視する度胸が無くて、チラチラとジェーンさんの裸をチラ見している割には、そういう所は変態っぽくないんですね』
(だから俺は変態じゃないってば。ただ、裸が気になるのは仕方がないだろっ! だって、見たいんだ!)
『はぁ……じゃあ、そんな困ったさんのヘンリーさんを助けてあげます。以前にエリーさんが裸になった時、視界を遮る魔法を使われたでしょう。同じ魔法が使えますので、それで見えなくして、身体を綺麗にして、さっさと浴室から出れば良いかと』
(おぉ、その手があった! 流石はアオイ! サンキュー、助かるっ!)
アオイのアドバイスに従い、俺はイザベル先生が使った魔法を早速使用し、
「ダークネス!」
浴室が真っ暗な闇で覆われた。
これなら互いに裸が見えないし、早く泡を落として風呂を出よう。
「えーっと、木桶は……これか?」
「あ……主様っ! そ、そんな所を……で、ですが私は主様に身も心も捧げております。初めてですが、お望みとあらば、ど……どうぞ」
ジェーンの喋り方が変だが、どうしたのだろうか。
いや、そんな事よりも、早く桶を探さないと……こっちか?
「ひゃわっ! は、ハー君なの? 今のは、何? 今までに体験した事が無い様な変な感じがしたよ? ねぇ、今のをもう一回してよー」
あ、あれ? 今度はエリーの声が……って、アオイ! この魔法、いろいろとダメじゃないか!?
『お、おかしいですね。と、とりあえず、逃げましょう。ほら、昔から逃げるが勝ちって言いますし』
(だから、完全に視界がゼロなせいで、その逃げる先すらも分からないって言っているんだよっ!)
……
何度か二人の変な声を聞く事になりながらも、何とか手探りで浴室から出る事が出来た。
まだ背中に泡が付いているけれど、もう一度浴室へ入ろうとは思えない。
タオルで泡を拭きとり、用意されていた寝巻に着替えると、浴室にかけた魔法を解除して一旦食卓へ戻る。
すると、エリーのお母さんが驚いた表情を浮かべた。
「あら? ヘンリー君一人で戻って来ちゃったの? もしかして、エリーが粗相でもしたのかしら?」
「え? ど、どういう事ですか?」
「……こほん。あはは、何でも無いのよ? ただエリーと二人で、ゆっくりお風呂に浸かって疲れをとってくれたら良かったのになーって」
お母さんが、俺の入っている風呂にエリーを送りだしたのかよ。
自分の娘が、どこの馬の骨とも知れない男と一緒に風呂へ入って良いのだろうか。というか、それを言ったら、いきなり泊まっていけって言われているのも凄い話だけどさ。
「あ、そうそう。もうベッドの準備は出来ているから。ヘンリー君の部屋はこっちよ。来客用の部屋だから、気にせずゆっくり休んでね」
「あ、ありがとうございます。いろいろと疲れたので、もう寝ますね。おやすみなさい」
「はーい。おやすみなさーい」
何が疲れたって、風呂が一番疲れた原因なのだが、とりあえずもう寝ようと思い、あてがわれた部屋へ。
来客用と言っていた割には薄ピンク色の壁紙だったり、ベッドにぬいぐるみが置いてあったりと、随分と女の子チックな部屋だなと思いつつ、疲れていた俺は、すぐさまベッドに潜り込んだ。
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