「すみません。この伝票、間違ってますよ」
「兄さん。冗談はよしておくれよ。この伝票は間違ってなんていないよ。この店の適性価格さ」
「お茶二杯で十九万が!? おかしいだろ!」
露店で買えば安いお茶なら一杯百銭程度で、ちゃんとした食事処へ行ってもお茶なんて、一杯五百銭くらいが普通だ。
ちょっと高いお店で一杯千銭だとしても、俺とルミの二杯で二千銭程度となるはずが、その百倍の十九万銭を要求されている。
流石にこんな金額を要求されるいわれは無い。
「お、お兄ちゃん。何だか、ダークエルフがいっぱい集まっているよ!?」
ヴィルヘルミーナさんが後ろに下がり、黒服を着た男性ダークエルフがどこからともなく十人程溢れ出てきた。
普通の悪漢程度なら、十人くらい囲まれても問題ないと思うが、相手は魔法と毒に長けたダークエルフだ。
しかも、既に様々な色の球体――精霊を呼び出している。
少し警戒を強めていると、黒服の一人が口を開く。
「お客様。まさか、代金を支払わないおつもりでしょうか」
「払わないとは言っていない。だが、高過ぎると言っているんだ」
「いえ、そんな事はございません。お客様が注文されたお飲み物五杯と、フルーツの盛り合わせ三つ、席代と入店料……合計金額は伝票の通りですが」
「飲み物を五杯!? 俺たちはそれぞれ一杯ずつしか頼んでない。それに、フルーツはそっちが勝手に持ってきたんだろうが」
「当店は女性従業員が頼んだ飲み物やフルーツも、お客様のお支払となります。尚、この旨はメニューに記載しております」
つらつらと澱みなく話すあたり、こういう事は何度もあったのだろう。
そして、おそらく物凄く小さい字とか、メニューの裏とかに説明が書いてあるんだ。
くそっ! やられた!
「お兄ちゃん。十九万……って高いの?」
「あぁ。十九万もあれば、俺一人が一ヶ月過ごせるくらいの金額だな」
「じゃあ、ダークエルフは悪い事してるの?」
悪い事かと聞かれれば……悪いんだろうな。
けど、だからと言って問答無用で攻撃すれば、こちらが悪者に成りかねない。
一先ず街に居る兵士を呼ぶのが良いのだろうと考えていると、小さな声で何かが聞こえてきた。
気付けば、ルミの隣に赤い球体が浮かんで居る。
この大きさは……イフリート!? しかも呪文の詠唱まで始めてる!?
黒服ダークエルフたちもルミが精霊を呼び出した事に気付き、先に詠唱し終えていた魔法を解き放つ。
「ストーン・ケージ」
足元から突然石の柱が現れる。
魔法名からして、おそらく石で対象を拘束するのだろう。
すぐ隣に居たルミの身体を抱きかかえ、跳躍して避けると、
「パラライズ・ミスト」
すぐさま別の黒服ダークエルフが魔法を放ち、緑色の霧が生まれる。
魔法の効果がある程度予想出来たので、風を起こす魔法を弱めにして使い、霧をすぐに散らす。
「ショック・スタン」
矢継ぎ早に次の魔法が放たれ、見えない何かが迫って来る気配がする。
俺一人なら避けられるが、ルミと一緒にというのは難しい。
「エアリーシールド」
そのため、風の盾を生み出す魔法を使って、不可視の何かを防いだ。
しかし、十人も居るから次から次へと……いっその事、全員気絶させてしまおうか。
そんな事を思い始めた所で、
「シャドウ・ホールド」
突然、身体が動かなくなる。
この状況で身動きが取れないのはマズい。
だが呼吸は出来るし、目や口は動く。
どうやら手足を動かなくするだけの魔法らしいので、
「ディスペル」
困った時の解除魔法を使用すると、上手くいったらしく、身体が自由になった。
一先ず次の魔法攻撃に備え、ルミを抱きかかえて下がろうとした所で、
「お待ちっ! 兄さん……何者だい? そっちの幼女エルフを抱きかかえて魔法を回避する身のこなしに、さっきの風の魔法は精霊魔法、そして今のは神聖魔法だろう? しかも詠唱している素振りがなかった。無詠唱で魔法が使えるのかい!?」
ヴィルヘルミーナさんが魔法を放とうとしていた黒服ダークエルフを止める。
しかし、これは……マズい。
俺が無詠唱で魔法を使う事が知られてしまった。
戦争が……戦争が起きてしまうっ!
何とか誤魔化さなければ。
「こ、これは……ま、マジックアイテム。そう、俺が持っている特殊なマジックアイテムの力だ。一つだけ魔法を溜めておく事が出来るから、教会で神聖魔法のディスペルをマジックアイテムに入れてもらっていたんだ」
「そんなマジックアイテムなんて聞いた事がないけど……マジックアイテム作りについては、アタイたちエルフよりも人間の方が優れているから、そういうのもあるんだろうね」
「そう、そうなんだ。だから、俺は無詠唱で魔法を使うなんて事は出来ないだ」
「……ムキになって否定する所が逆に怪しいけど、まぁいいよ。いずれにせよ、うちのスタッフじゃ兄さんを拘束出来ないみたいだしね。だけど、その金額は間違っちゃいない。何なら、街に居る兵士を呼んで来ても構わないよ」
「……え? 良いのか?」
「もちろん。内訳を全部出しても良いけど、飲み物なんかの値段は街での価格と大きく変わらないよ」
街での価格と変わらない!?
どういう事だ!?
「……じゃあ、例えば俺が飲んだこのお茶一杯の値段は?」
「ブラックティーなら、一杯八千エァルだよ」
「八千……エァル!? 銭じゃなくて!?」
「あぁ、ブライタニア王国の通貨になおすと、八百銭って所だね。席に着いたうちの女の子が頼んだ飲み物が二杯で三千銭。フルーツの盛り合わせは一つ千銭で、それが二つ。席代は一人三千銭で、入店料が一人二千銭だ」
「席代とか入店料って?」
「入口で説明されなかったのかい? ここは飲み物を飲みながら、女の子と楽しくお喋りするお店で、一人一時間三千銭。フルーツは、そっちのお嬢ちゃんも食べたから引けないけど、説明不足って事で私が飲んでいたドリンク分と入店料はサービスしてあげるから、会計は一万五千銭だね」
あ、あれ? 高いと言えば高いんだけど、そこまで無茶苦茶な金額じゃなくなってきた。
それに黒服ダークエルフたちも拘束するような魔法ばかりで、直接攻撃する様な魔法は使ってこなかったし……もしかして、ここってちゃんとしたお店なのか!?
というか、エァル公国とブライタニア王国の通貨で、そんなに差があるのを知らなかったんだけど。
一先ずルミの詠唱を止めさせ、通貨を勘違いしていた事を謝った。
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