「ふわ……疲れていたからか、いつもよりベッドが心地良か――っ!?」
デジャブだろうか。
昨日の朝もこんな光景――俺の隣でスヤスヤと眠る美少女の顔を、寝起きから見た気がする。
だが昨日と明らかに違うのは、ここが俺の部屋で、そしてジェーンと二人っきりだという事だ。
邪魔する者は何も無く、しかも無防備に俺のベッドで眠っている。
これは、前に進むしかないだろう。前進あるのみだ!
スポッ! と音がしそうな程の早業で服を脱ごうとして、ふと気付く。
……やばい。俺、昨日あれだけ動いたのに、風呂へ入っていない。
臭くないだろうか。やはりマナーとしては、清潔にしておくべきだろう。
「……ジェーンちゃん。待っててねー」
眠っているジェーンを起こさない様に小声で呟くと、猛ダッシュで寮の風呂へ。
朝なので、お湯がすっかり冷めて水になっているが、そんなの関係無い。
頭から水風呂の中へ飛び込み、すぐさま飛び出ると、全力で身体を洗う。大事な箇所は特に念入りに。
そして、再び水風呂へダイブ! 浴槽が泡だらけだけど、そんな事に構っている暇はない。
その後、二秒で着替えを済ませ、自分の部屋へ戻る。
幸い、ジェーンは先程の状態から全く動いていなかった。
――ゴクリ
思わず喉がなってしまったが、静かにベッドの中へ潜り込み、ジェーンの横へ。
ゆっくりと慎重に毛布を剥がすと、エリーから貰ったシャツを捲り上げていき、白いお腹と小さなお臍が露わになる。
よし、ここから更に上へ……
『ヘンリーさん。お楽しみの所、申し訳ないんですが……』
(――っ!? アオイ! 頼む。今は見逃してくれっ!)
『いえ、見逃すとか見逃さないとかではなくてですね、ジェーンさんが既に起きてますけど』
「……えぇっ!?」
思わず声を上げてしまったが、改めてジェーンの顔を見てみると、顔を真っ赤に染めながら、薄眼で俺を見ていた。
「……ジェーン。起きてたの? いつから!?」
「は、はい。あの、主様が待っててと仰られたので、動かずに待ってました」
「そ、そっか」
「あ、あの。主様、はぁはぁと荒い息を私のお腹に吹きかけられていましたが、これは何かの訓練でしょうか? それとも私の身体をお求め……」
「訓練です! そう、これは訓練! いついかなる時も、襲われない様にする訓練なんだ!」
「そ、そうですか……」
あ、あれ? ジェーンの声が萎んでいったけど、もしかして期待してた!? いや、それは勝手に都合良く解釈し過ぎか。
「あの、ご主人様。出来ればで良いのですが、湯浴みか水浴び、もしくは身体を拭く事は出来ないでしょうか?」
「あ、そうだよね。お風呂に入りたいよね。けど、男子寮だしなぁ。ジェーンがお風呂へ入っているのが万が一にも見つかったら、大変だからなぁ」
『ヘンリーさん。どうして、突然棒読みなんですか? というか、普段は学院で姿を消す魔法をジェーンさんに使っていますよね?』
「それに、もう朝だから、この時間にお風呂は開いていないんだよねー」
『ほんの少し前にヘンリーさんがお風呂へ入ってましたよね!? というか、その濡れた髪の毛で言っても全く説得力がありませんよっ! 何が目的なんですかっ!?』
「という訳で、今からこの部屋に魔法でお風呂を作るから、ここで身体を洗うと良いよ」
『ヘンリーさん。どういう思考をしていると、そんなとんでもない発想に至る事が出来るんですか? ちょっと私、尊敬してしまいそうです』
「マテリアライズ!」
アオイの言葉を全て無視して、具現化魔法を使って浴槽もどきを生み出すと、
「クリエイト・ウォーター」
入門書に載っていた、水の精霊魔法の初級魔法――水を生み出す魔法を使用する。
そこへ弱めの火の精霊魔法を打ち込めば、少し温めだけど、立派なお風呂の完成だ。
「ほら、完成したよ! さぁジェーン。思う存分お風呂を楽しんでっ!」
『……ヘンリーさん。当然、ヘンリーさんは部屋から出て行くんですよね?』
「ほらほら。遠慮しないで良いからさ。お風呂は気持ち良いよー。……うん、水温も丁度良いね」
『ヘンリーさん。どうして、お風呂の傍から動かないのでしょう? というか覗く……どころか、一緒に入る勢いですよね』
「……そうか。このお風呂の水が少し足りないんだね? よし、じゃあ俺も一緒に入ろう! そうすれば俺が入った分、水かさが増すからね」
『ヘンリーさん。私、これからヘンリーさんの事を変態王って呼ぶ事に決めましたから』
「だぁぁぁっ! 部屋から出れば良いんだろっ! 出ればっ! 男の夢なのにぃぃぃっ!」
アオイの言葉攻めに負け、部屋を後にした俺は、寮の食堂で適当にパンをかじって時間を潰す。
しかし、ジェーンと一緒にお風呂とまではいかなくとも、じっくり眺めたかった。
というか、この前一緒にお風呂へ入っているんだから、別に構わないはずなのに。
あの時、エリーとジェーン……女の子が二人居て気遅れしたのが、失敗だったか。
『あの、ヘンリーさん。そんな事で涙を流す程、悔しがらなくても良いと思うんですけど』
アオイの呟きをスルーしつつ、何故かしょっぱいパンを食べていると、見たくなかった知っている顔の奴らが現れた。
「おいおい。誰かと思ったら、ヘンリーじゃん。久しぶりに顔を見たけど、お前召喚士になったんだってな? フッ……首席から脱落した上に、魔法科へ転科だなんて。俺だったら生きてられねーよ」
「チャーリー様。こいつ、誰ですか?」
「あ、俺知ってる! こいつ、チャーリー様と首席の座を争っていた、ヘンリーって奴だ! 確か騎士になれなくなって、退学したって噂だったけど、未だ居たんだ」
チッ……よりにもよって、元学年二位のチャーリーと、その取り巻きか。面倒臭いな。
「ぷっ。こいつ剣じゃなくて、杖を持ってますよ。チャーリー様」
「残念だったな、ヘンリー。剣を捨てて魔法科へ行って、何か良い事でもあったか? パワーバカのお前に魔法なんて使えるとは思えないが、せいぜい頑張ってくれよ」
「おい、何か言えよ。チャーリー様が聞いてんだろ!」
正直、ここでこいつらをブチ倒すのは容易い。魔法を使わなくても、三人同時に瞬殺出来るだろう。
だが、以前からむかつく奴だったが、騎士を目指していた俺は一切相手にしなかった。
そして今の俺は宮廷魔術士になると決めたんだ。こんな奴を相手に揉め事を起こして、マイナス評価を付けられるなんて、もっての外だ。
だから俺は、正直に言ってやる事にした。
「……柔らかくて、温かくて、フニフニしてて、ムニュムニュしたもの」
「は? おい、お前何を言っているんだ?」
「良い匂いがして、弾力があり、優しい肌触り……お前たち。おっぱいは良いぞ!」
「一体何を……って、待った。確か、魔法科は女の子が多いとかって聞いた事が……ま、まさかっ!」
「ふっふっふ。はっはっは……教室の中で、男は俺一人。後は全員女子生徒。楽しいぞー」
「う、嘘だっ! ハッタリに決まっている! 仮に女の子が多かったとして、だからといって、おっぱ……胸を触れるなんて事が……」
効いている。だが、これは俺自身が戦闘科のむさ苦しい男だけの教室にずっと居たから良く分かる。
騎士になるためとはいえ、貴重な青春時代を何も無しに無残な灰色のまま過ごして良いのかと、時々迷いながら剣を振るう。
それが戦闘科の宿命なのだが、俺は追い打ちをかけるようにして、ポケットから小さな布を取り出す。
「これ、何だか分かるか?」
「……こ、これはっ! 小さなリボンが付いた水色と白の縞々の布だとっ! そんなっ! どうして、お前がそんな物をっ!」
「さぁな。じゃあ、俺は楽しい授業があるから、そろそろ行くよ。君たちは灰色の教室で、せいぜい頑張ってくれ」
「く……くそがぁぁぁっ!」
エリーがくれた服の中から、こっそり一枚抜き取っておいた縞々パンツがこんな所で役に立つとはな。
『いや、格好付けてますけど、パンツを盗むのは変態王の習性ですか?』
(変態王って呼ぶのはやめろーっ!)
ちなみに、部屋へ戻った時には、ジェーンの入浴がとっくに終わってしまっていたのだった。
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