「先生。俺、こんなの聞いてないんですけど」
「ちゃんと手紙は送りました。諦めなさい」
既に逃げられる状況になく、俺は深いため息を吐く。
どうしてこうなったのか。俺は、僅か数分前の事を走馬灯の様に思い出す。
……
イザベル先生に連れられてイベントホールへやって来ると、予想通り授業再開のための式だった。
数回しか入った事の無い、全校生徒が余裕で入る広さの大きなホールで、学長が魔法がどうとか、宮廷魔術士がどうとかと、長々と話をしている。
俺は遅れて入ってきた訳だし、後ろの方の空いている席に座ろうと思ったのだけど、イザベル先生に止められ、何故か最前列へと移動させられてしまった。
しかも、何故か俺の席が用意されてあり、最前列の一番端の席がちゃんと空いている。
疑問はあるものの、とりあえず座って話を聞いて居れば済む事だと思っていると、
「ヘンリー君。君の為に、学長が話を伸ばして時間を稼いでくれたんだから、後でちゃんとお礼を言っておきなさいよ」
教員として、俺の近くで壁際に立つイザベル先生が、小声で意味不明な事を言ってきた。
「……何の事ですか?」
「何の……って、ヘンリー君が来ないから、学長がいつもよりも更に話を長くして、ヘンリー君の出番を遅れさせてくれたのよ」
「……はい? 俺の出番って、何の事ですか!?」
「だから、手紙に書いたでしょ? 魔法大会優勝者であり、魔族を倒してフローレンス様を救った魔法学校の英雄であるヘンリー君に、授業再開の式典で皆に挨拶をしてもらうって」
「――っ!? な、何を!?」
「だから、挨拶よ。王宮で勲章を授与されたんでしょ? あと、王宮から学長へ正式に連絡があったそうよ。ヘンリー君をフローレンス様の親衛隊に内定したって」
フローレンス様の親衛隊って。いやまぁ、似たような物だけどさ。
というか、挨拶って何だ!? 何を話せば良いんだよ。
しかも、何も考えてきていないし、アドリブで全校生徒の前で話せと? 嫌だって。
「先生。今からでも俺の事は無かった事に出来ませんか? ぶっちゃけ、何にも考えて来てないんですけど」
「……嘘でしょ? でも、ほら。見てよ。生徒全員に配った資料にも、しっかりヘンリー君の事を書いてるでしょ」
渡された紙に目をやると、大きな文字の式次第に、
――魔法学校の英雄! 魔族から王女様を助け、勲章を授与された基礎魔法コースのヘンリー=フォーサイス君による挨拶――
と、思いっきり書かれていた。
……
「先生。俺、こんなの聞いてないんですけど」
「ちゃんと手紙は送りました。諦めなさい」
流石にこんな物を配られて居ると、逃げようがない。
いや、物理的にこの場から立ち去る事は出来るのだが、それではかえって後で笑い者にされてしまいそうだ。
マジでどうしたものかと頭を悩ませていると、学長の話が終わり、ステージからゆっくりと降りてきた。
それから、ちょっとした報告やら、授業再開に伴う連絡などが終わった後、
「それでは、魔法学校の英雄! 魔族から王女様を助け、勲章を授与された基礎魔法コースのヘンリー=フォーサイス君から挨拶をしてもらう前に、そのお命を救った相手、第三王女フローレンス=ハミルトン様よりお手紙を頂戴しておりますので、ご紹介させていただきます」
司会進行を務める先生が、つらつらとフローレンス様からの手紙を読みだした。
「魔法学校の皆様。先日は晴れ舞台である魔法大会の最中、大変な事態に巻き込まれてしまいました。私も死を覚悟したのですが、ヘンリー=フォーサイス君が死をも恐れずに、命を張って私の許へ駆け付けてくれたおかげで……」
「……ってフローレンス様、何してんのっ!? 手紙、超長いし、俺の事を異様に褒めすぎだし!」
『いやー、ヘンリーさん。どんどんハードルが上がっていきますねー。大勢の前での挨拶、頑張ってくださいねー」
(ちょ、アオイ! 人ごとだと思って)
『いえ、これでも同情はしてるんですよ? ヘンリーさんは魔族との対抗手段を探す為に寮へ帰っていなかった訳で、別に遊び呆けて手紙を見て居なかった訳ではないですからね』
(だろ? 流石にこれはキツイよなー)
『ですが、良い機会だと思うんです。日頃どころか、つい先程も女の子をパンツを見せろ、パンツを見せろと責めたてていましたからね。バチが当たったんだと思います』
(いやいや、アレはちゃんと契約に基づいて、パンツを見せろと言っている訳であってだな。理不尽な事は言っていないつもりなんだが)
『でも、あのパンツコールはやり過ぎ……って、あ。ヘンリーさん。ついに出番みたいですよ。頑張ってくださいねー』
(ちょ、おい! アオイ! やりやがったな! アオイーッ!)
アオイと脳内で話をしている内に、あっという間に俺が挨拶する番となり、司会進行の先生からステージへ上がるように促される。
くっ……結局、何を話すか考える事すら出来なかった。
ゆっくりとステージへ上がる階段を登りながら、どうしようかと考える。
最初に笑いを狙うべきか!? それとも、ずっと真面目なトーンで行くべきか!? というか、そもそも何の話をするんだよっ!
自問自答を繰り返し、答えが出ないままステージの中央へ到着してしまった。
ステージの中央には、俺の声を大きくしてホール中へ伝える魔法が組み込まれたアイテム――マジックアイテムが置かれている。
そこまで来ても、何を話すか決め切れずに居たのだが、ふとステージの下に居る生徒たちへ目を向けてみた。
意外な事に、ステージ上からだと結構一人一人の顔が見えたりするもので、小さく手を振るエリーと、その隣に居るソフィアを見つけた。
……よし。俺は俺らしく、いつも通りの俺で行こう。
「あー、皆さん。おはようございます。先程紹介いただいた、三年のヘンリー=フォーサイスです。一つだけ、皆に言いたい事があります」
腹を括った俺は、小さく息を吸い、
「この度の活躍で、俺は王宮に仕官が決まりました。配属先は、第三王女フローレンス様直属部隊の隊長です。新米を通り越して、いきなり隊長です。しかも、既に部下も居ます。……という訳で、魔法に自信のある生徒は俺の所へ来てください。気に入れば、フローレンス様へ直々に俺の配下にしていただくように推薦します。ちなみに命の恩人だからか、フローレンス様はかなり俺の意見を聞いてくれます。以上です」
思いっきり宣伝してみた。
正直、使える部下は多ければ多いほど良いのだが、正規の騎士や宮廷魔術士をうちの部隊へ入れるのは難しい。
だったら優秀な学生を先に抑えてしまえば良いのだ。
それに、嘘は言っていない。おそらく、俺が言えばフローレンス様が何とかしてくれるとは思うし。
俺の言葉で生徒たちがざわめきだし……って、大事な事を伝え忘れていた。
「すみません。一つ伝え忘れていましたが、フローレンス様直属部隊なので、原則男性は仕官出来ないと思うので。以上、補足でした」
じゃあお前は何なんだと言われそうだが、俺は命の恩人で例外って事で。
ステージを降りて席に着くと、イザベル先生から呆れた表情を向けられてしまった。
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