「ヘ、ヘンリー、様。この度は、私クレア=リルバーンの命を救ってくださり、本当にありがとうございます。また、突然の御無礼をお許しください」
「え? いきなりどうしたんだ!?」
先程までは俺を攻撃しそうな勢いだったクレアが、顔を引きつらせながら深々と頭を下げる。
いや、別に攻撃されるより今の方が断然良いんだけど、急に変わり過ぎじゃないか?
思わず俺が眉をひそめると、コートニーが近寄って来て、こっそり耳打ちしてくる。
「先程クレアも言っておりましたが、私たち姉妹は『命の恩人には全力で恩義を返せ』という家訓が、幼い頃より騎士である父から教育されておりますの」
あー、いかにも騎士! って感じの教えだね。
その父親の言いたい事は分からなくも分からなくもないけれど、それを娘に強要させるのはどうなんだろうか。
……でも、俺の母親も元騎士だからか、小さな頃から剣を握らされて、毎日練習してたな。
そのおかげで、常に士官学校の成績トップに居た訳だし……うーん、難しい。
「とりあえず、こんな場所から早く出て、一旦フローレンス様に会わないか? きっと凄く喜ぶと思うし」
「はいっ! そういたします。ヘンリー様は流石ですね。強いだけではなく、気が利くお方です」
え、何このクレアの変わりよう。
正直、ちょっと引いちゃいそうなんだけど。
ユーリヤが手を繋いでくれたら自分で歩くというので、マーガレットを肩に担ぎ、ユーリヤを連れて歩きだす。
俺の少し後ろにはコートニーとクレアが歩き、他の騎士たちが更に後ろへと続いた状態で謁見の間を目指していると、顔見知りのメイドさん、メアリーと遭遇した。
「あの、ヘンリー様。これは一体……」
「おっ、メアリーさん。これは良い所に。ちょっとお願いがあるんですが」
「えっと、今日もパンツ……ですか? お見せするのは良いのですが、出来れば人気の無い場所でお願いしたいです」
「マジでっ!? 見たい見たいっ! ……コホン。それはそれでお願いしたいんですが、それよりも先にフローレンス様へ大至急報告したい事があるので、その旨をお伝えして欲しいんです」
「畏まりました。少々お待ちください」
メアリーさんがスカートを翻し、クルリと反転すると慌てて掛けて行く。
同じ方向に向かって、再び歩き出すと、
「うぅ……お姉ちゃん。パンツを見せるんだって。ヘンリー様はマーガレット様の胸を触っていたし、やっぱりこういう事になるの? あ、もしかして既にお姉ちゃんも何かされたの?」
「……胸を、胸を何度も触られていますの」
「……お姉ちゃん。私、今まで誰にも胸を触らせた事なんて無いんだよ!? それどころか、魔法の修行一筋で男性とお付き合いした事すらないのに」
「私だって同じですのっ! けど古来より、英雄色を好むと申しますし……多少、いえ、かなりの変態ですが、実力は本物ですの。この前も、第一騎士隊を全滅させた化け物をヘンリーさんが倒してくれましたの」
「第一騎士隊が全滅っ! な、何があったのっ!?」
すぐ後ろからヒソヒソと小声の会話が聞こえた後、クレアが大声を上げ、後ろの騎士たちもザワつき始める。
どうでも良いのだが、本人のすぐ傍で俺の話をするのは止めてもらえないだろうか。
というか、かなりの変態……って、紳士に向かって何て事を言うんだよ。
『はいはい。変態紳士ですよね』
(それも違うっ!)
一先ずアオイやクレアたちの言葉を聞き流しつつ謁見の間の前へ到着すると、兵士が扉を開けてくれた。
すぐ傍にはメアリーさんも居たので、床に座らせたマーガレットの事を頼み、中へと入る。
「失礼いたします。第三王女直属特別隊隊長ヘンリー=フォーサイスです。至急ご報告させていただきたい事がございます」
謁見の間にはフローレンス様に加えて、王様や王子様と、何かの大臣に近衛兵たちが居るけれど、特に問題ないだろうと判断した俺は、後ろに居るのが魔族によって石化されていた騎士たちで、それをマーガレットの力で治癒する事が出来たと報告する。
「なんと喜ばしい事でしょう。あの時、私を護ろうとしてくださった皆様が、こうして元の姿に……皆さん。本当にありがとうございました」
フローレンス様が目に涙を浮かべながら礼を述べ、王様の指示で大臣が口を開き、騎士や宮廷魔術師たちに休暇と特別賞与を与える事、男子学生には魔法学校へ補習授業の口添えをする事が告げられた。
そして、その場に俺とユーリヤだけが残され、他の者たち……何故か近衛兵たちまでもが謁見の間から退室させられる。
謁見の間の扉が閉められ、王族と俺とユーリヤだけになると、王様が口を開いた。
「ヘンリー=フォーサイス。貴殿は魔法学校で魔族を倒して我が娘を救い、その際に巻き添えとなった者たちも救助した。また、騎士団では手に負えなかった魔族の手下を倒し、街を救った。さらに、別の魔族を倒してダークエルフと攫われて居た国民を救助した。これに間違いはないな?」
「はい。私一人の力では無く、仲間の力を借りておりますが、概ねその通りです」
「わかった。では、貴殿のこれまでの活躍を称え、領地を与える」
「……え?」
「これからも、我が国の為に活躍してくれる事を期待しているぞ」
……領地って、どういう事? 要は褒美に土地が貰えるって事?
というか、俺はまだ学生なんだけど。
土地を貰って、どうすれば良いんだ? 野菜を作ったりするのか?
『まぁ野菜を作りたければ作るのも良いでしょうが、先ずは家じゃないですか? いつも狭い学生寮の部屋に皆で寝たり、エリーさんの家をお借りしてますし』
(あー、そうだな。ジェーンに至っては、いつもニーナの家に泊めてもらっているしな。しかし土地かぁ。これは予想外だった)
『詳しい事は後で王女様に聞けば良いんじゃないですか? とりあえず、王族の狙いとしてはヘンリーさんの囲いこみですね』
(囲いこみ? どういう事だ?)
『要は、魔族を倒せる強いヘンリーさんが、この国を出て他の国へ仕えたりしないように、先手を打ったって事ですよ。これでヘンリーさんも領主ですからね』
(領主!? えぇぇぇ……何だか、物凄く面倒臭そうなんだけど)
大臣が何やら領地の説明をしていたけれど、殆ど頭に入る事なく謁見が終了してしまった。
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