街道を高速移動し、街まで後少しという所まで来たので、走るのを止めて歩きだす。
流石に神聖魔法で身体強化した状態でダッシュしたまま人が居る所へ行くと、ぶつかった時に大ケガをさせてしまうしね。
大きな塀に囲まれた街の入口へ、ユーリヤをおんぶしたまま街の入口へ入ろうとすると、
「止まれ! 貴様、どこから来た!」
槍を持った兵士に止められてしまった。
「どこから……って、妹と街の外で散歩していただけですよ。元々、この街の住人です」
「街の外で散歩だぁ!? 嘘を吐くな! 今、街は厳戒態勢で軍人以外は街から出られん! 貴様、何者だっ! 街の住人だというのなら、身分証を見せろっ!」
あれ? 思っていた展開と違うな。
というか、街に入る以前に止められるなんて想定してなかったんだが。
『あの、ヘンリーさん。屋敷で、皆さんがハザーラー帝国は危険とか、紛争が起こっているって言ってましたけど』
(あー、なるほど。そんな状況で、街の外で散歩してました……なんて、そんな奴いないよな)
『全く反省してませんね? まぁヘンリーさんらしいですけど、どうするんですか?』
(どうしようか。逃げる事も、この兵士を倒す事も簡単だけど、どっちも面倒臭い事になるよな)
『ですね。結果論ですけど、暗くなるまで待って、空から街に侵入するのが正解でしたね』
(まーなー。とりあえず、次の街からはそうしようか)
「すみません。身分証は失くしてしまいまして……再発行とか出来ませんか?」
「……ほほう。身分証を失くしてしまったのか。それは大変だな。通常は身分証の発行に帝国金貨五枚は必要なのだが、貴様は運が良い。この私が特別に帝国金貨三枚で発行してやろう」
あ、これ、よくある兵士が腐ってるパターンだ。
多分、本来の発行手数料とかも、金貨五枚なんて事はなくて、もっと安いのだろう。
とりあえず、適当にこの場を乗り切って、後からテレポートで来るつもりだったけど、ハザーラー帝国の身分証を入手しておくのも悪くないかもしれない。
火酒を購入する時に、身分証が無いと売れないとか言われても面倒だしな。
後は、この国の通貨を持っていないから、それをどうするかだけど。
「分かりました。しかし、生憎今は持ち合わせが無いんです。ですから、これで手数料の代わりにはなりませんか?」
「あん? それは何だ? 何の液体だ?」
「八十年物のドゥセット産の葡萄酒だそうです。父が祖父から受け継いだ物で、安く見積もっても金貨五枚にはなるので、困った時に売ると良いと言われ、いつも持ち歩いているんです」
とりあえず、空間収納の中に入っていて、俺には要らないけれど、この兵士は欲しがりそうな物……という事で、かなり前に屋敷の貯蔵庫から持ち出し、ずっと空間収納に入れっ放しだった葡萄酒を出してみた。
以前酒屋に見て貰った時は、それなりに価値がありそうだと言っていたし、屋敷に沢山あるから一本くらいくれてやっても良いだろう。
「な……八十年もの葡萄酒でドゥセット産って、金貨五枚どころじゃ……こほん。ま、まぁそうだな。では、それで手を打ってやっても良いが、中身が本物かどうかは確かめさせてもらうぞ?」
「えぇ、どうぞ」
街の門の傍にある、詰め所のような小屋へ移動すると、兵士が早速葡萄酒のコルクを抜く。
「……こ、この香りは……そして、この味……本物かどうかは分からんが、とにかく美味いのは確かだ。いいだろう。特別にこれを手数料代わりとしてやる。お前の名前は?」
「え? えーっと、へ、ヘンリックです。ヘンリック=フォルトナー」
「ヘンリック=フォルトナーだな。で、そっちの妹は?」
「ユ……ユリアーナ=フォルトナーです」
「ユリアーナ=フォルトナー……っと。ほらよ。へっへっへ、失くすんじゃねーぞ」
名前欄の手書きの箇所は汚い字だが、身分証とかかれた紙が二枚渡された。
偽造防止のためか、何やら複雑な印のスタンプが押されているし、本物だと思って良いだろう。
ちなみに、発行元にピーマセンスの街と書かれており、この街の名前が分かった所で、礼を告げて足早に街の中へ。
これ以上面倒な事は勘弁して欲しいからな。
「にーに。ユーリヤのなまえ、ちがう」
「うん、わかってる。俺がユーリヤの名前を間違える訳ないだろ? ただ、ちょっと大人の事情があったんだよ」
「……んー、おとなのじじょう?」
ユーリヤが困惑した表情で、小首を傾げているけれど、流石に密入国しているから本名は言えずに偽名を名乗った……とは言えないし、言った所でユーリヤに理解してもらえない気がする。
一先ず有耶無耶にして、ユーリヤを誤魔化した所で、適当な住人に目的地であるレーヴェリーの街への行き方を聞こうと思ったのだが、
「……って、街の通りに誰一人歩いていないだと!?」
早くも俺の目論見が頓挫してしまった。
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