界放のメモリアコール

~現代世界と異世界の戦争は、少女の『記憶』から生まれる~
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第33話 再生の箱舟は地獄より発つ

公開日時: 2021年10月29日(金) 01:52
文字数:2,656

「なぁ、パンドラ。俺、ずっと考えていたことがあるんだ」


「なに? アラガ」


「なんでヘパイストスは、『ゼウス』って名乗ったんだ? はじめからヘパイストスだって名乗ってもいいんじゃないか?」


「……そうだね。それは本人にこそ聞いてみないとだけど、ボクの『記憶』のヘパイストスは、自分のおとうさん……ゼウスを尊敬していた。彼のようなりっぱな神様をめざしていた。みんなが崇める絶対の神。

でも、ヘパイストスはそうはなれなかった。だから、ヘパイストス以外の神がいないこの世界で、ゼウスをなのり……みんなに崇められたかったんだと思う」


「……父親への、歪んだコンプレックスか」


「アラガにも、経験あるんじゃない? テイブに対して」


「は? ねぇよそんなもん! 否定も否定だわ! 仮に俺がヘパイストスみたいなことになったとして、俺はぜってぇ『王見帝舞だー!』って名乗るなんてしないからな絶対! 俺は新牙なの! 王見なんてクソだ! ただの新牙で十分なの!」


「わかった、わかったから落ち着いて。でもさ、人間にあがめられる『神様』だって、ボクたちと変わらないエゴや嫉妬や羨望をいだくんだ」


「そ、そうだな」


「それってさ、ボクたち人間と神がたいして変わらない……つまりね、分かり合えるってことのなによりの証拠だと思うんだ。

悲しいけど、ヘパイストスはそんなつもりはさらさら無いヒトだった。でも、きっとボクたち人間と和解してくれる神様だっていると思いたい。ううん、思うよ」


「………」


「アラガ? どうしてだまってるの?」


「……いやさ、パンドラさんって……そんな賢そうなことを言う子だったかなーって思ってさ」


「……蹴るよ?」


「すんませんでした。で、どこに飛ぶんだ?」


「……詳しくはわからないんだ。でも、思い出したんだ。〝魔法〟っていうテクノロジーが発達した世界。ヘパイストスと所縁のある女神――アテナが統治している世界だよ」


 白い船は、旅立つ。別の世界を目指して。

 世界中で起こる、異変の真実を確かめるために。




「ああああああーーーーーーーーーーーー!! あの小僧どもぉぉおおおぉおっぉぉぉぉぉぉおぉ! ワシのリヴァイブ・アークを盗みおったぁぁぁぁぁあぁぁあ!」


 新宿大本営の工場区画で、天岡の絶叫が木霊する。彼の上空に浮かぶ白い船が消え去っていったのを見て、さらに天岡は絶叫する。

 周囲の兵士たちが、何事かと銃器をかまえて現れたが、


「もう遅いってよ! もう行っちまったよ! ばーかばーか!」


 と、天岡は理不尽なまでに兵士たちに当たり散らして、「お前らこの工房から一〇メートル以上近づくんじゃないぞ!」とすごい剣幕で怒鳴り散らして、ふたたび工場のなかへと入ってしまう。


「……ふぅ」


 工場の鉄扉をしめて、天岡はためいきをついた。


「名演技だったな、博士」


 工場のなか、作業机に腰掛ける一人の壮年の男が、拍手をしながら茶化すように言った。王見帝舞だ。


「こうでもせんとな。ワシの立場ってのがあるしよ。まさか――みすみす小僧どもに貴重な船をくれてやったと知れたらよ」


「なぁに、いざとなれば私がもみ消すよ。一応、私、元帥《トップ》だし」


「流石よな。パンドラの居場所をこの世界から無くし――小僧どもが船を奪って異世界に行くよう仕向けた男の言うことは違う」


「……なんのことやら」


「しらばっくれるなよ。ゼウス……いやさ、ヘパイストスとの戦いの前だ。何故、お前さんは、テレビで世界中にパンドラの能力をバラしたりしたよ? 『ゼウスが求めてるパンドラの詳細は不明』だのなんだの誤魔化すことくらいはできたろうによ?」


「あー、そこまで考えてなかったな。私、人前だとアガるからな。たしかに博士の言う通りだった、うん」


「……お前さん、人を利用するのは上手いが、誤魔化すのは昔からとことん下手よな」


「まぁいい」と、天岡はぼりぼりと白髪をかきながら呆れた様子で言い、こうなった帝舞は本心を語ることをしないのを知っていたので、話題を変えることにした。


「ところで、お前さん。あの美作少尉……いや、美作をどうして逃がしたよ?  

 アサミの嬢ちゃんをここに連れてきた時点で捕縛させればよかったんによ?」


 天岡は、若干責めるような口調で帝舞に問う。


「あの男はただのセル・バーストではない。博士が考える以上の怪物だよ」


「あのキザ男がか? まぁ、只者ではないのはわかる。突然現れた男を、お前さんが特例で尉官階級で招き入れるほどだからよ? つまるところ軍人ですらない。裏切ることを前提にお前さんは美作を抱きいれた。なぜよ?」


「……そうだな。敢えて言うなら、私の最大の……〝ライバル〟さ」


「ライバル?」


「そうだ。ゆくゆくは、この世界の力を掌握する私に対してのアンチテーゼ。それが美作という男の役割だ」


「……意味がわからんな。もっと具体的に言えんかよ?」


「えー」


 子供のように渋る帝舞に、「おい」と天岡が語気を強めた。


「わかったわかった。ただ私自身、やつの思惑はわからない。ただ、私もやつもお互いの理想の『世界』のために動いている。

私にはいつでも、どんなやつでも、〝敵〟が欲しいのさ。どちらの求める世界が強いのか――そういう勝負を、美作という男とやっている……今、私がいえるのはそれだけだ」


 帝舞の答えは、やはり曖昧であった。変に誤魔化したり、『それ以上は言えない』という意思を一度でも示した帝舞は、梃子でも言わないことを天岡は長い付き合いで知っている。それ以上問うことをやめた。


「しかし、確実に言えることはある」


「おう、なんよ?」


「美作は、我々の世界の敵だということだ。その証拠に、やつはこの世界に対してロクでもないことを計画している」


「ロクでもない……? なによ?」


 帝舞はにやりと笑みをうかべる。帝舞が笑うときはたいていろくなことを考えていないときだと、天岡は知っている。


「〝戦争〟だよ。我々の世界はふたたび存亡の危機に陥るんだよ。それも、世界と世界……二つの世界がぶつかり合う大戦争さ」


 それは、ただの冗談なのか。

 王見帝舞は楽しげに笑う。この世界の力をふたたび試せる絶好の機会がまた訪れるのだと。彼のハイぺリオルはさらなる高みへと飛び上がるだろう。


 ――パンドラ、新牙。もっと世界を壊せ。世界を、完璧に仕上げてみせろ。そしてに見せてくれ。尊く、貴く、焦がれるほどの……の、死を。

 

 神が消えても、この世界には狂気と脅威が満ち満ちていた。

 パンドラの箱が開け放たれた『完全』に壊された世界は、巨大な八咫烏《ハイぺリオル》によって……さらなる混沌へと導かれるのである。


                                     第一章 ~完~

               

これにて、第一章という名の序章は完結です。


第二章以降から異世界が舞台となっていきます。

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