神那はちらりと背後を見やり、自分たちが倒したレジスタンスの戦闘員たち――ほぼ全員神那が倒したのだが――の倒れふした姿を確認した後。
「それと、『坂島』」
神那は、新牙へと『坂島』と声をかけた。それは新牙の苗字ではないし名前ではない。
『はいさー!』
新牙が持つ腕の無線機から軽薄な男の声がする。
それは決して無線機で通信している相手の声ではない。
新牙の着けていたリストデバイスの画面から、まるで風船を膨らませたかのように男の上半身が出現した。
額にバンダナを巻き、黒をベースで白のラインが入ったスカジャンを着たヤンキー風な金髪の男。
整髪料でととのえた髪を逆立てており、とてもではないが、新牙や神那のような戦闘服を着た軍人風とは思えない。
ただの頭の悪そうなヤンキーである。
しかし、彼もれっきとした部隊員である。
それと、この男はデバイスの立体映像機能ではない。この坂島は、無線機に憑依している男なのだ。
「お前の力を使うかもしれない。大人しくそこで待っていろ」
「ういっす。すんませんね、戦いだとお役に立てなくて」
「ああ。もしお前が生きていて実態があったら、その嘗めた言葉遣いを力づくで修正してやるところだ」
「ひぇ! オレ死んでてよかったー! 隊長の力で折檻されたらマジで身体がバラバラになりますよー」
坂島はけらけらと笑った。対して神那は彼の冗談に反応することもなく、目の前にある倉庫のシャッターに銃を向け、『ロケット』のスイッチを切り替え、引き金を引く。
瞬間、小銃の下部に位置した別の銃口から、鉛筆のようなものがシャッターめがて勢いよく飛び出した。
俗称『ペンシルロケット』と呼ばれる間抜けな名前の簡易ロケット弾である。
だが、威力は従来のロケット弾と相違なく、小型で取り回しの良さを追求した新鋭武器である。
シャッターに着弾。爆発。シャッターの一部分が弾け飛び、ちょうど人二人分が通れるほどのサイズの穴が開く。
神那と新牙が入ると、薄暗い照明に照らされて、女子供、老人が数人いた。
彼らは神那たちを見ると、まるで臆病な小動物のように震え、置き去りにされた資材の影に隠れる者もいた。
「非戦闘員……?」
「油断するな。奴らも『異能者』の可能性は高い。隙をついて何かしてくるやもしれん」
神那は、戦意のない者たちの一人――赤ん坊を抱いた女を見つけ、小銃を構えて歩み寄る。
「お、お願いしますっ! この子だけは許して……! まだ赤ん坊なんです……戦えたりなんかしませんから……っ!」
銃口の前で、赤子をひしと抱きしめ、女は神那に嗚咽混じりに懇願する。
神那の眉がかすかに動き、鋭さをたたえる目元がぴくりと動く。
「なら質問に答えろ。お前たちが捕獲した〝ポッド〟と〝少女〟……どこにある」
「……」
女は言葉を詰まらせた。心当たりはあるが言い淀んでいる……そんな印象だった。
「早く答えろ。それとも子供より、アレが大事か。なら……」
神那の静かな殺気が、銃口とともに赤子を狙う。
「ひっ……」
女の恐慌が口から漏れる。
かまわず、引き金に指をかけ、少しずつ力を込め始める。
「か、神那隊長! やり過ぎだ、相手は赤んぼ――」
神那の横暴に思わず新牙が止めに入ろうとした、まさにその時だった。
「キミたちが探しているのはボクだよ」
それは、子供の……少女の声のように聞こえた。
凛とした声の出所を探ると、段ボールの山の陰から一人の少女が出てきた。
肩まで伸びた美しい白い髪、陶器のように白い肌、身にまとうゴシックロリータ調の服も白い。
だが対照的に、燃えるような赤い瞳が印象的な幼い少女であった。
「……い、いけませんパンドラ! どうして出てきたのです!」
震えていたばかりの老人、子供までもいっせいに声をあげる。
「こいつらの狙いはボクだ。ボクが捕まれば、おそらくみんなには危害をくわえない」
「しかしっ」
「いいんだ。『アサミカ』も倒されてしまった。みんなも、ボクなんかのためによく面倒をみてくれた。ありがとう」
「……パンドラ? まさかこの子が」
新牙の黒い瞳と、白い少女の赤い瞳が交わる。幼いながらも毅然とした双眸と妖しいまでの赤い瞳に気圧されそうになるが、同時に清廉な気高さを見た。
「ああ、間違いない。これが回収対象だ。アルビノ……色素異常による髪や肌と赤い瞳。それに、周りのこの反応――当たりだ」
神那がひとりごちると、銃を構えたまま白い少女――パンドラへと慎重ににじり寄る。
すると、パンドラもまた神那のほうへと歩み寄っていく。
「動くな。大人しく両手を頭の後ろに回して、跪け。下手なことをすれば殺す」
「キミじゃ、ボクを殺せないよ。キミたちの狙いはボクだけだろう? さっさとボクをつかまえればいい」
警戒心をあらわにする神那に対し、パンドラは、大胆だった。
なにをするというわけでもなく、言われたとおりに両手を後頭部の後ろに回して、跪いてみせる。しかし、その赤い瞳には挑戦的な、決して屈することのない意志の光を宿している。
「大人しくつかまってやるから、この人たちには手をだすな。見てのとおり、戦ったこともないような人たちだ」
「ああ。彼らは――拘束はさせてもらうが命は保証する。俺たちは軍隊であり、殺人集団ではない」
「うそだっ!」
パンドラと神那の間を、ちいさな少年の叫び声が割って入る。涙交じりの絶叫だった。
「お前たち『ハイペリオル』のせいで、オレの父さんと母さんが殺されたんだぞ! 能力をコントロールできない〝危険分子〟とかほざいて! アサミカ姉ちゃんたちが
助けてくれなかったら、オレもとっくに死んでたさっ!」
涙で顔を濡らし、顔を歪ませた少年の罵声が、神那と新牙にぶつけられる。ひるむ新牙と対照的に、神那は視線をパンドラ向けたままになんの反応すらも見せない。ただ、意識だけは向けているようで、
「お前の父親と、母親は……気の毒だった。だが、能力を制御できないものを放置しては、無関係な人間をも巻き込み、死にいたらしめることも事実だ。
社会秩序の崩壊、人命の危機……あらゆる危機を防ぐために我々は非情な手段もとる……それが我々、軍であり――超法規的軍事組織『ハイペリオル』だ」
そこまで区切り、神那は続ける。
「お前の両親を殺したのは俺ではないが、もし俺がその場に居合わせていたのならば、迷いもせずにお前の両親を撃ち殺していただろう。『ハイペリオル』に名を連ねるものは、必ずそういう手段をとる。なぜなら、もっと多くの人間が死ぬからだ」
非情な神那の言葉は、少年の理性をつぶすには十分だった。
「お前ぇぇええええええええ!!」
怒りの絶叫とともに少年が神那に突進する。両手を広げ、その左右の手には火の塊のようなものが出現する。
「バカ! やめろっ!」
白い少女、パンドラが叫ぶ。
「異能者か」
対して神那は冷静に相手の能力を分析したうえで、即座に銃を向けて、引き金をひく。
パパパン! という断続的な銃撃音とともに、少年の両手が火の塊ごと弾け飛ぶ。
「があああああ!?」
絶叫。両手を失った手首から鮮血をまき散らし、少年が悶え叫ぶ。周囲の者たちが目の前の惨劇による恐怖でおののき、どよめいた。――そして、新牙、坂島も。
『ひでぇ……』
新牙の心を代弁するように、リストデバイスから坂島の声が漏れる。
新牙の心のなかで、ふつふつと湧き上がるものがあった。これがなんなのかはわからないが、なにかしらの〝衝動〟であることは間違いなかった。
「新牙伍長。命令だ」
恐慌の元凶とも言える男は、冷徹に部下に命令を下した。
「その少女……パンドラを拘束しろ。俺は反乱分子たちの〝鎮圧〟にあたる。こんな子供でさえ敵意を持って向かってくるということは、念のため他の人間も〝鎮圧〟しておくのが妥当だろう」
まるで猛禽類の目のように鋭く、周囲にいる〝獲物〟たちを睨みつける。
神那のいう〝鎮圧〟とは、対象を力づくで拘束、あるいは……殺害を意味する。
新牙は戸惑っていた。
神那の命令に従うべきか。果たしてそれが、正しいのか。
それを判断する『記憶』がなかった。
新牙には、彼の大事な人が殺された『記憶』と、ここ数か月の記憶しかなく――自らの経験則、信条というものがなかったのだ。
だが、神那が反抗する少年の両手を吹き飛ばすのを見て、〝何か〟が芽生えたのを感じた。
『記憶』ではない、自らの行動の正否を決めることができるもう一つの要素。
「ふ、ふざけるな! キミたちの狙いはボクだろ!? もう彼らを傷つけるな!」
パンドラが必死に叫ぶが、神那の意識をそらすには至らなかった。
「新牙伍長。それと、だ」
神那の視線が、新牙へと向けられる。
「拘束したのち――パンドラの目を潰せ。これは命令だ」
――おそらく。
その〝命令〟によって。
新牙の『感情』が、正しいと信じる判断をさせた。
「……拒否、します」
「なに?」
「拒否するって言ってんだよ、この鉄仮面野郎!」
叫ぶと同時、もはや無意識だった。両腕が自然と銃を構えさせ、神那に銃口を向け、引き金を引かせた。
一瞬の破裂音のあと、神那の身体が崩れ落ちる。防弾チョッキの隙間、脇腹の間から血を噴出させている。衝撃のため意識を失ったのだろう、ぴくりとも動かなかった。
「……あ、アラガっち。う、撃ったのか?」
リストデバイスから坂島の顔だけが飛び出して、その惨状を見る。しかし新牙にはその問いに答える余裕などなかった。
「……に、逃げるぞ! はやくっ!」
言うが先か、動くのが先か。新牙の手はパンドラの小さな手を握り、出口へと連れだそうとする。
「待って! この兵隊、ころしたの?」
「こんなんじゃ、この人は死なない! ふつうの人間と違って今は気絶してるだけだ、すぐに起きる! とにかく逃げるんだよ!」
「あのっ……! 逃げるなら、もっといい方法があるよっ!」
「え……?」
「ポッドを使うんだ。ボクが眠っていた〝箱〟だけど、たぶんそれで逃げれるはず。たぶん二人しか乗れないけど……」
新牙には、少女の言葉の意味が理解できなかったが、必死さをたたえる赤い瞳を信じてみようと思えた。
「わかった。他の人たちは……」
新牙が周囲の人たちを見渡すと、そのうちの老婆と目があった。
「行ってください。私らは大丈夫ですから。その子が無事なら、私らがしたことは無駄ではなかった」
老婆の言葉に、ほかのものたちも頷いた。両手を失い脂汗をにじませた少年も同様に、「行け」と目で訴えていた。
「わかった。パンドラ? でいいのか名前。とにかくそのポッドに連れてってくれ」
「うん、倉庫の奥にある。でも、その前に……」
パンドラが、老婆たちに頭をさげた。
「みんな、ありがとう。今のボクにはなにもできないけど、いつかきっとみんなが幸せに暮らせる世界をつくるから! だから、どうかそれまで死なないで! じゃあ!」
パンドラが新牙の手を引っ張り、倉庫の奥へと走り出す。
「あれだよ!」
パンドラが指さしたものは、青いビニールシートをかぶせた人間大ほどの長方形の物体だった。
小さな背丈と手でビニールシートをぐいっと引きはがすと、白い金属製のカプセルが出てきた。
入口のようなものはなく、ただの金属の塊のようにも見えた。
たとえるなら、虫の卵や蛹を人間が入れるくらいのサイズに大きくし、金属製に加工したもの……と思えた。
「これがポッドだよ。これで、ここから逃げ出せる」
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