季節はすっかり夏。もうすぐ学校は夏休みになる頃で、学期末試験も無事に終えて竜一も竜也も赤点を取らずに追試は免れホッとしていた頃……。
「ああそうだ竜一君、ちょっといい?」
学校から竜一が帰ってくるのを咲夜が待っていたのだ。
「どうしました咲夜さん?」
「ちょっと市役所まで一緒に来てほしいの。マイナンバーカードを受けとるには本人が同伴しないと受け取れないからね」
「マイナンバーカード……? ああ、そういえばここに来てから4月の頭に色々申請書書いたけどそれの一環ですかね?」
「ええそうよ。あの時申請したのがようやく届いたそうだから一緒に取りに行ってほしいのよ」
「ええ? 取りに行くだけなら咲夜さんだけでも十分でしょ?」
「本人証明に関わる重要な事だから取りに行くにも本人と一緒じゃないといけないのよ。だから竜一君が来るのを待ってたの。じゃ、行きましょ」
そう言って咲夜は竜一を連れて市役所まで車で向かう事になった。特に渋滞に巻き込まれることも無く、2人はすんなりと市役所にたどり着いた。
「ではこちらになりますね」
今年建て替えられたばかりで真新しい建物の匂いがかすかに漂う市役所の窓口から竜一はカードを受け取る。
表面には顔写真と名前と住所、裏面には謎の番号が16桁刻まれていた。
「……何だこのカード?」
「個人証明に関係する大事なカードだから無くさないように保管するからちょうだい」
咲夜はそう言って竜一からカードを受け取ると無くさないように財布の中にしまう。そして2人は車に乗って家路へと急いだ。
帰り道、竜一は咲夜にさっき渡した謎のカードについて一体何なのか聞くことにした。
「咲夜さん、その「マイナンバーカード」って言いましたっけ? あれって何なんですか?」
「分かったわ、教えるね。これはマイナンバーカードっていうのは個人情報の1種で、日本人全員に番号を割り当てて情報を一括管理するための個人番号が表記されたカードなの。
このカードだけで他人に成りすますことはできないそうだけど大事な物には変わらないから、家じゃ全員分のカードを暗証番号でロックしている専用の保管庫に入れて保管してるのよ」
「へぇ~! 国民を番号で管理かぁ! スゲェな! ディストピアSFの管理社会みてえだなぁ! まさか日本がディストピアSF方向に舵を切るとは思ってもみなかったぜ!」
「導入された時の反対側と同じようなことを言ってるね。導入後は国側が番号を管理しきれずにもっとしっかり管理してくれ! って国民側が愚痴をこぼしていたんだけどね」
「!? なんだそりゃ!? コメディSFみたいなオチが本当になるとは思わなかったなぁ。日本政府も抜けてるところがあるんだな」
日本がディストピアSFみたいな管理社会になるかと思っていたら現実はそこまで細部まで浸透しておらず、なにより政府がまともに管理することに慣れてない。
という間抜けぶりはある種お笑い芸人のコントよりもずっとコメディしていた。
「「ただいま」」
市役所から無事に帰ってきた咲夜と竜一を竜二が出迎える。
「おう。咲夜、兄貴、お帰り。で、カードは取れたか?」
「もちろんよ」
そう言って咲夜は竜一のマイナンバーカードを夫に見せる。そしてその足で戸棚の一番下に設置してある金庫の中にしまった。
「へぇ、そんな金庫があるんか。確か30年前にはこんなものなかったよな?」
竜一は金庫に興味が湧いてどういうものなのか話を聞くことにした。
「昔、お義父さんが寝タバコで火事1歩手前まで行った時があったのよ。幸い彼の部屋には火災報知器を付けてたから事前に気づけたのは本当に幸運だったわねぇ。
それ以来大事なものはみんなこの金庫の中よ。家が火事になってもこの金庫は燃えないからね」
咲夜はその金庫を撫でるように触った。
蔵の中にある年代物の金庫とは違い、幾分現代風に近いシャープな形をしているが、耐火機能に加え消防車からの放水を想定して防水機能まで備えた上物だ。
「そういやオヤジはヘビースモーカーだったよな。多い時には1日にタバコ2箱吸ってたもんな」
父親のヘビースモーカーぶりを思い出しながら語る竜一だったが……。
「晩年のオヤジはボケてたのか寝タバコだけはやめろって言っても「オレはそんなヘマはしねぇ!」って頑なに拒否してたもんな。
実際寝タバコで失火1歩手前の事をやっても「オレはやってねぇ!」って言ってたもんなぁ。火災報知器が無かったら今頃家は燃えて灰になってたぜ」
その時を思い出しながら語る竜二だったがそこは真顔でユーモアのかけらも無かった。最悪家が灰になる所だったからそうなるのも無理はないのだが。
「そういう事か。ところで竜二、まさかお前もマイナンバーカードを持ってるのか?」
「ああ。家族全員分のカードは既に発行済みで、全部金庫にしまってある。大事なものだからな」
「へー、この家の家族全員が管理社会なディストピアSFの住人ってわけか。確か個人番号って言ったっけ? 外に漏れたら大変なことにならないか?」
「ああ大丈夫。万一流出しても個人番号を変えることもできるからその辺の問題はきっちりとクリアーされてるよ」
「へーそうなんだ。ディストピアSF小説では他人の番号で成りすますことが普通に起きてたけどその辺は違うんだなぁ」
竜一は感心しながらも夕食を作る咲夜の手伝いをすることにした。
【次回予告】
仕事が山場を迎えている竜二。家族と食事をとる時間も確保できずに仕事漬けの毎日だ。
そんな中、彼がバックアップを取っている時に竜一が彼の部屋にやってきたのがきっかけだった。
第40話 「USBメモリはSF」
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