パックがとっさに行った役場の表と裏に分かれる判断は正しかった。
大人数で牽制している間に、数人が裏側から役場内に突入する。そして、アルセラを確実に仕留める――
パックが裏側へと回らなかったら、あの達人の3人が強行突入していたはずだからだ。
そうなればアルセラは守りきれなかっただろう。
まだ間に合う余地は残っている。だが――
役場内は未だに危機的状況にあったのだ。
† † †
――ガシャン!――
窓ガラスが割れる音がする。村役場の建物の2階部分と正面入り口、そして脇廊下の窓、3箇所の窓ガラスが割れる音が響いた。
「来るぞ!」
執事のオルデアが叫んだ。自らが一番前に立ち牙剣を抜いて構えている。そして周囲の女性市民義勇兵たちに告げる。
「弓をつがえていつでも撃てるようにしておけ!」
その声は緊迫感をはらんでいて事態が最悪の状況になりつつあることを示していた。
「いざとなればアルセラ様をお守りする盾になるぞ!」
「はい!」
いわば決死の覚悟の発言だったが、悲惨な結果を招くだろうことは明らかだった。
アルセラは彼女を守ろうとする皆の背中を見守りながらも、忸怩たる思いを抱えずにはいられなかった。
オルデアと義勇兵の女性たちの言葉のやり取りと同時に、こげ茶色の不気味なシルエットが現れる。
正面入り口から、脇廊下へと繋がる通路から、2階フロアとつながる階段から、3人の革マスク姿の襲撃者たちが姿を現した。マスクの中の視線が不気味にギラついていた。
「殺!」
「殺!殺!」
それはその不気味な彼ら固有の威嚇音。耳障りな発音とともに不安感と不快さを掻き立ててくる。そしてその右手には両刃の直剣の短剣――キドニーダガーが握られていた。
キドニーダガーを逆手に持ち、獲物に飛びかからんとする餓狼か人食い虎のように前傾姿勢でアルセラたちを睨んでいる。
それに対して執事のオルデアが大ぶりな牙剣を両手で正眼に構えていた。
そもそも牙剣には異なるサイズがある。小ぶりな片手用がこのような空間では有利なのだが、オルデアの持つ大ぶりな両手持ちは室内空間では不利だった。
そのことを考慮しても、3人の襲撃者に同時に襲いかかられたら、どんなに戦闘経験があったとしても捌ききれるものではなかった。
不利を悟っていたとしても、自らの主人を守る以外に選択肢はない。
「殺ァァ!」
襲撃者がひときわ高く叫ぶ。と、同時に三つのシルエットが同時に襲いかかってくる。
一人が低姿勢で、一人は天井すれすれに跳躍しながら、残り一人は役場内の机を足がかりに一気に肉薄してくる。
それはさばこうとオルデアが牙剣を振り上げた時だ。
3人のうちの2人が行動を変える。
低姿勢で正面から迫ってきた一人はオルデアとまともに組打ちする。一本のキドニーダガーでオルデアの牙剣を受け止め、残る左手でオルデアの喉元を握りしめる。
暗殺者ならではの急所を一撃にする最も効率的な攻撃だった。
残る二人はアルセラを守ろうとして取り囲んでいる女性義勇兵たちへと襲いかかる。
どんなに数が多くとも、熟練の暗殺技能者と、一介の弓兵では実力に差がありすぎた。
二の腕を、肩を、手首を、頬を、次々に傷つけて戦意を削いでいく。どんなに戦闘士気が高かろうとも命を失いかねないという恐怖心の前には立ち向かえるものではない。
つがえていた弓矢を放つことなく取りこぼしてしまう。射てたとしてもやすやすと躱されてしまう。それでも戦杖を手に3人ほどがアルセラを守ろうと進み出る。
「フン――」
義勇兵の彼女たちの悲壮な決意を暗殺者は鼻で笑った。
オルデアを気絶させ床の上に投げ放つと、3人が威嚇を込めつつじりじりと迫ってくる。それはまさに弱り果てた獲物を嬲り殺そうとする肉食獣が如し――
そして、暗殺者の一人が飛び出そうとしたその時だった。
――アルセラ、よくお聞き。ワルアイユは国の要だ。フェンデリオルがその独立を守り続けるためには決して落とされてはならないのだ。だからこそだ――
アルセラが意を決したように義勇兵の少女を押しのけて進み出た。その脳裏には父が残した記憶が呼び起こされようとしていた。
――侯族たるワルアイユ家は自ら戦場に立たねばならんのだ――
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