共同浴場から出て少し歩いて目抜き通りへと戻る。空にはすでに夜の帳が降りていたが、村一番の街路は夜空の星が地上に降りてきたかのようにまばゆかった。
「うわぁ」
アルセラの口から思わず感嘆の声が漏れる。
「すごいですね。ここまで夜道に明かりが灯されたのは本当に久しぶりです」
村一番の通りにはそこかしこに街路樹が立っている。その街路樹にオイルランプがいくつも下げられている。そして街路樹は一本や二本ではない。
その通り全体が、シャンデリアで照らされたダンスホールのように光であふれていたのだ。
昼間、楽しませてもらったいろいろな屋台はまだまだ続いていた。でもそれだけじゃない。村一番の通りの中ほどにある円形の広場。
いつぞやパックさんと薬売りをした場所だった。そこには移動式のかまどが置かれ、そこで色々な料理が作られて振る舞われている。
作ってくれているのは村の女性たちや、近隣の小さな村落の住人たちだった。祝勝会が終わり、来賓の対応が終わったことで平民の身分の人たちが気軽に集まるようになったからだ。
そしてお祭り気分で自然に料理の炊き出しが始まった。
それに夜ということもあり、昼間は村の復興作業や、国境線警戒、トルネデアス兵捕虜の管理などで多忙な正規軍兵や職業傭兵の人たちの休息と夕食を兼ねていた。
行き交う人々の気配は熱気を帯びていた。
「すごい活気ね」
私が感心したように言えば、その声に反応してくれた人がいる。
「ルストさん! それにアルセラ様も!」
その声の主は西方辺境の戦場でも活躍してくれていた。
「リゾノさん!」
声の主は村の若い女性たちのまとめ役であるリゾノ・モリソン、戦場でも女性市民義勇兵たちを懸命にまとめて勝利に貢献してくれていた。
「いつこちらにいらしたんですか?」
「今日の午後からずっと」
私がそういえばアルセラがついてくる。
「おね……あっ! えっと、ルストさんと一緒に村に来ていたんです」
アルセラは飾らない素の状態になってきたので思わずお姉さまと言いそうになっていた。言い換えたがそれはしっかりとリゾノさんたちにも聞こえていた。
「あー! 今、お姉さまって言いそうになりましたよね?」
たまたまそばにいた他の村の女性たちにも聞こえていたようだった。
「ええ、言いましたよね」
「うん、言いかけてた」
ちょっとからかうような言い回しだったが、否定するような雰囲気はない。
「仕方ないですよ2歳しか違わないんだし」
「アルセラお嬢様から見たら素敵なお姉さまですものね」
そうは言っても思わず口にしてしまった言葉がみんなで聞こえたのはアルセラには大失敗だったに違いない。顔を真っ赤にして両手で覆ってしまった。
「やだもう、忘れてください!」
事ここに至っては私がなだめるしかない。
「大丈夫よ! 人に聞かれたからってどうってことないわよ。ほら」
アルセラの両肩を掴んで優しく言い聞かせる。なんとか機嫌を直してくれたみたいだ。
するとその時だ、聞き慣れた声がした。
「アルセラ様!」
「こちらにいらしたんですね」
「よかったやっと会えた」
いきなりの若い声。アルセラや私と同い年くらいの女の子の声だ。もしかして。
「えっ?」
驚きつつアルセラが顔をあげれば、そこにいたのは。
「フェアウェル? それにみんな!」
アルセラの驚きつつも喜ぶような声がする。アルセラに呼びかけてきたのは西方国境戦で頑張ってくれた通信師の女の子達だった。
「アルセラ様! お探ししていたんです」
息せき切って駆け寄ってくる7人の女の子たち。村民として無難なリンネル生地のワンピースドレスに、オーバースカートを重ね、フルサイズのフリル付きエプロンを着けている。履いているのはエスパドリーユ。頭には木綿生地の純白のヘッドドレスがかけられている。
村で催し物がある際に、庶民の女性達が晴れ着と作業用を兼ねて着ている衣装だった。
「みんな?」
「お待ちしてました!」
それは先ほどのお風呂場の中で話に出ていたアルセラの〝お友達〟だった。
「村で炊き出しをやることになったんでせっかくだからアルセラ様もお誘いしようということになったんです」
「それで本邸の方にお伺いしたら村にいらっしゃってると言うのでお探ししてたんです」
「そうだったんですか、申し訳ありません」
アルセラは詫びの言葉を口にしたが、友達となった彼女たちは一向に気にしていなかった。
「お気になさらないでください」
「それよりこちらへどうぞ」
彼女たちはそう告げてアルセラとともに私たちも招いてくれる。案内されるままに向かえばそこにはたくさんの長テーブルと椅子が出されて、村人や村への来訪者や、軍人や傭兵といった人たちが思い思いに食に酒に遊興にと楽しんでいるところだった。
並べられたテーブルの片隅に私達の席が用意されている。私とアルセラとノリアさんの3人分。
腰をおろすと同時にフェアウェルたちが注文を聞きに来てくれた。
「何になさいますか?」
私は逆に尋ね返す。
「何があるの?」
「食べ物でしたら、焼きパンに、トマトのパスタに、鶏肉のシチュー、チーズ鍋に、コルカノンもありますよ」
「珍しいところでは南方のパルフィアのピラフとか」
「あとは揚げ物のクリケットとか、腸詰め炭火焼きとか、鶏もも肉の串焼きとか」
「飲み物は?」
「エール酒に、ワインに、よく冷えた黒茶、レモネードの炭酸水も」
炭酸水は機材と重曹さえあれば割とどこでも気軽に作れる。聞けばなかなかに贅沢な品揃えと言えた。
まずは私が注文する。
「チーズ鍋と焼きパンを」
アルセラも言う。
「私はシチューとコルカノンで」
さらにノリアさんが続く。
「私はパスタとクリケットで」
「お飲み物は?」
「3人ともエール酒で」
「はい!」
私たちの注文を聞いて彼女達はすぐに動いてくれた。注文取りと給仕役をしているようだ。私たちの注文もすぐに持ってきてくれる。
「どうぞ!」
「ありがとうございます」
本当は彼女たちもアルセラとゆっくりと話したいのだろうが、炊き出しの手伝いの仕事があるのでそうも言ってられないのだろうし、明らかに私に気を使ってくれている。
「ごゆっくり!」
「また後で参りますね」
さりげない一言を忘れないのは正しい意味で友達と言えた。
そして私たちの前には温かい湯気を立ち上らせている料理がある。
「冷めないうちにいただきましょう」
「はい!」
こうして私たちはやっと夕食にありついたのだった。
おしゃべりをしながらの気楽な食事。ここしばらくは堅苦しい形式的な食事が続いたから、こういうのは本当にホッとする。
楽しい時間は流れて行き食事もあらまし食べ終える。その頃には見慣れた顔も現れるようになっていた。
「あ、みんな!」
私が思わずそう呼べば振り向いたのは、査察部隊の仲間たちだった。
「お? 隊長」と、気軽な口調でドルスさんが私に気づけば、
「何だお前たちも来てたのか」と、ざっくばらんにプロアが言う。
「せっかくです。ご同席よろしいですか?」と、パックさんが丁寧に尋ねてくる。
無論断る理由はない。
「ええ、どうぞ」
そう答えてくれたのはアルセラだった。
大きな長テーブルに私たちは集まった。各々が好き好きにメニューを選んでいる。
ダルムさんは焼きパンと焼いた腸詰め、
プロアはシチューに焦がしチーズ、
カークさんは鶏もも肉の串焼き、
ドルスは焼いた腸詰めを肴にお酒メイン、
ゴアズさんはトマトのパスタ、
バロンさんは焼きパンとチーズ鍋、
パックさんはピラフを選んでいた。
もちろんお酒もあり肩の力が抜けた開放的な空気が漂っている。
意外にも積極的に私の仲間たちに声をかけていたのはアルセラだった。
「みなさまも来ていらしたんですね」
その問いにダルムさんが答える。
「ああ、村長に誘われたんだ。せっかくだからひとっ風呂浴びて飯でも食いに来いって」
そこにゴアズさんが言う。
「祝勝会も懇親会も終わって、村の人たちもようやくに肩の荷が降りたようですから」
バロンさんが言う。
「まったくです。短いようで長い戦いでした」
そしてカークさんが言う。
「その意味では今日がメルト村の人たちの、祝勝会なのかもしれないな」
その言葉にアルセラは言った。
「じゃあ、私が今日ここに来たのは必然だったんですね」
私はしみじみとした声で言う。
「ええ、そうね」
その言葉を聞いてアルセラが何を思ったのかにっこりと笑うといきなり立ち上がった。周りを見渡し村人たちに大声をかける。
「皆さん!」
アルセラの声に村人たちが一斉に振り向く。集まる視線をものともせずにはじけるような笑顔でアルセラは叫んだ。
「楽しんでますか?!」
広場に響いたその声に即座に返事が返ってきた。
「おお!」
「もちろんですよ!」
「こんなに楽しい日はありませんよ」
そして帰ってきたのは感謝の言葉。
「ありがとうございます」
「お疲れ様でした」
そして、誰が言うとなくみんなが酒の入ったグラスを手に次々に立ち上がる。
その動きの意味をゴアズは気づいた。
「これは乾杯をする流れかな?」
ノリアさんが言う。
「そのようですね」
そうなれば私たちもその流れに乗らないわけにはいかない。思い思いの飲み物やお酒を手に立ち上がる。
私が段取りのためにみんなへと叫んだ。
「準備はいいですか?」
「おお!」
「いつでもいいですよ」
この流れになれば乾杯の挨拶をするのは彼女しかいないだろう。アルセラがみんなへと告げる。
「それでは!」
一声かけてアルセラが大きく息を吸い込んでこう唱えたのだ。
「乾杯!」
皆が調子を合わせてグラスをあおる。その後に拍手が沸き起こる。宴の始まりだった。飾らない、素直で喜びに満ちた素朴な宴が始まった。
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