私があるところに毎月仕送りをしているのは以前話した通りだ。離れて暮らす身内の医療費。そのため実力さえあれば確実に稼げるこの仕事を選んだ。
職業傭兵は実入りがいい。命をかけると言うリスクは有るが、その辺は自信があった。戦場や野山を駆け巡って得た報酬を離れて暮らす家族へと毎月送っていた。それは大切な、とても大切なことだ。だが、その思いを汚されたような気がしてイライラしてくる。
そんな私に、彼は追い打ちをかける。私をじっと見るなりこう言ったのだ。
「そういや、似てるなぁ」
「何がですか?」
「ん? これに書いてる失踪令嬢とお前がな――背丈とか髪の色とかな」
ちょっと待って! なんでそうなるのよ!
「銀髪に碧い目、2年前に15才だから今なら17か――そういやぁお前も今17だったな」
「やめてください! 変な噂立てられたら困ります!」
噂にのぼっているご令嬢の容姿は私と同じで髪が銀髪、瞳は翠色をしている。
「髪や瞳の色なんて、中央に住んでるフェンデリオル人ならよくあるものです。身長や年齢はたまたまです! その程度で同定されたら該当者いっぱいいますよ!」
私は強く反論した。正直言ってこの件で騒ぎにされたくないのだ。
「今の仕事を続けていたいんです! それだけは本当にやめてください!」
下手に騒ぎになり人目を集めるような事が起きたら最悪、今の仕事をできなくなる。それだけは嫌なのだ。だが彼は鼻で笑った。
「冗談だよ。だいたい上級侯族のご令嬢様が、こんな岩砂漠に金欠で突っ立ってるわけねえやな」
それは言って良いことの限度というものを越えていた。
私は、声を上げて笑う彼を思わずぶん殴りそうになる。だが、今の私は隊長職をしている。感情を爆発させるよりやることがある。喉元から『ふざけんな!』と罵声が出そうになるのをぐっと飲み込んだ。
ドルスはなおも寝そべったままだ。やる気は微塵も見えない。だが、いつ他の隊員たちが戻ってくるとも限らない。その前にこの状況を解決しておきたい。
不意に脳裏をよぎったのは、以前に世話になったとある年配の女性傭兵の言葉だ。
――ダメなやつってのは、威圧されても殴られてもそうそう動かないよ――
叱責してもこちらを小馬鹿にする以上、今のやり方では効果はない。
――馬だっておだてられれば喜んで走るもんさ――
その言葉を思い出した時、あるやり方がひらめいた。ちょっと女である事を武器にするようで不本意だが。私は名を捨てて実を取った。
「ルドルス3級」
私は口調を抑えて穏やかに語りかける。
「どうしたらやる気を出してくれますか?」
ちょっと猫なで声、少し真面目な問いかけ。急に変わった雰囲気にドルスは戸惑っている。
「んあ?」
「その本をしまって準待機で居てくれるなら〝街〟に帰ってから一杯奢ってあげます」
「奢る?」
「はい」
街――私達の活動拠点ブレンデッドの事だ。私の言葉にちらりと視線が動く。言い方が急に変わったので不審がっているが拒否はしてない。これはもうひと押しかも知れない。
「奢るだけか?」
「それは、ドルスさんのやる気次第です」
「―――」
ドルスは無言のまま文庫本を閉じて体を起こした。わたしはさらに畳み掛けた。
「大切にしてる、とっておきの〝ドレス〟があるんです」
ドレス――その言葉が彼の興味を強く引いたらしい。彼は私にこう問いかけてきた。
「いいのか? そんな約束しちまって」
「こんな約束をしてでも、初めての隊長のお仕事を成功させたいんです」
私はいかにも真剣な表情で彼の顔をじっと見つめた。僅かなにらみ合いのあとに軽くため息をつい て文庫雑誌をしまい込む。そして、立ち上がってブーツを履きながら彼は言った。
「わかったよ、準待機に戻る。それでいいんだろ?」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
「お前が任務のためにそんな約束を持ち出すんだ。それまで違えたら傭兵じゃねえからな」
そう語る彼の言葉の片隅に、私はまだ彼の傭兵としての意地のようなものを感じた様な気がした。
「ありがとうございます」
このときはまだ彼の事を信じられると思ったのだ。
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