〝砂モグラ〟――それはトルネデアス帝国への蔑称だった。今回の任務で向かうワルアイユ領はトルネデアスと国境を接している。関連してくる可能性は非常に高い。
手慣れた手付きで金属棒を適切な長さに加工し、万力に固定してタッピングでねじ切りをする。さらにバリ取りをしてあっという間に仕上げると、組み立て作業へと入る。
作業卓の方へと歩くと、シミレアさんは作業卓の引き出しを開ける。中から一つの刃物を取り出した。
「これを見ろ」
「これは?」
私がシミレアさんから見せられたのは一本の小刀だった。それも両刃の直剣、刃渡りは3ディカ(15センチ)くらい。片手用だ。それを私に手渡しながらシミレアさんは言った。
「キドニーダガーと言う。キドニーとは南方のパルフィアの言葉で〝優しい〟と言う意味だ。実際には優しいというより〝慈悲〟と言う意味合いが濃いがな」
慈悲、その言葉に私はその裏の意味を察する。戦場で慈悲をかけるとしたら一つしか無い。
「もしかして戦場での〝介錯用〟ですか?」
私の答えにシミレアさんは満足げだった。
「流石だな」
「昔、似たような逸話を聞いたことがあります」
私は言葉を続けた。
「私たちフェンデリオルでは、両刃の直剣は絶対に使いません。終生の敵国であるトルネデアスの武器を象徴するからです」
両刃の直剣は敵の武器、それが私たちフェンデリオルの民族としての価値観だった。トルネデアスで汎用的に用いられているからだ。被支配時代、トルネデアスの武器で数多の命が失われたのだ。それを未だに忘れていないと言う事でもあった。
「そのとおりだ。だがそれは戦場だけにとどまらない。元々は船乗りが汎用作業用に携帯していた物だからだ。食事の際の切り分け、固く締まったロープの解き、気に食わない相手への威嚇とかな。だがその便利さから世界中に広まり、軍隊でも軽作業用に所持が進んでいるんだ。だがそれだけに、いざという時に誰が使ったものなのかを特定しにくい。フェンデリオル以外では当たり前に広まっているからな」
私はシミレアさんに問う。
「でも、軍隊以外でも広まっているのでしょう?」
「あぁ、広く普及している。それこそ【闇社会】の連中にもな。何しろ簡単に手に入る上に、出自を特定されにくい、しかも殺傷力が高いとなれば、使わない手はないからな」
そして私はある事に気付いた。
「敵がこれを出してきたときは、背後に複雑な事情が絡んでいる、と言う事ですね」
「そこまで分かれば十分だな」
そういい終える頃にはシミレアさんは私の戦杖を組み立て終えていた。各部をチェックして終了だ。
「できたぞ」
「ありがとうございます」
「竿が曲がっていたから強度の高い素材へと替えておいた。重量バランスは変わらないから使い勝手はそのままのはずだ」
その言葉を受けて、私は竿の中程を持ってかるく旋回させた。
「はい、具合いいです」
私の言葉にシミレアさんは満足げだった。
「作業賃はつけておく。任務を終えたら払いにこい」
「いつもありがとうございます」
私の言葉にシミレアさんは頷き返す。そして思案げに語る。
「今度の任務について俺も聞きかじったが、腑に落ちない点が多い。くれぐれも気を抜くなよ」
「はい、心得ました」
私はシミレアさんから受け取った戦杖を右腰に下げると力強く答える。
そもそも彼は、フェンデリオルの各地に支店となる店舗兼工房を持ち、武器の材料となる各種素材の業者ともコネがある。そして数多くの弟子を輩出していて、背後に抱えた組織力や情報力は驚くようなひろがりがあった。
もちろん、この事は私以外はだれも知らないはずだ。
正直言おう。この人が居たからこそ私は職業傭兵を続けられる。私にとって幾人か居る大切な恩人の一人だ。
「気をつけてな」
「はい!」
元気よく返事を返す。丁寧に頭を下げるとシミレアさんの工房を一路あとにしたのだった。
† † †
そしてさらに次の日の朝だ。
―精霊邂逅歴3260年7月27日早朝―
ブレンデッドの街の西の外れ、
傭兵ギルドの関連施設である野戦訓練場がある。そこに日の出前に集合との約束になっていた。
真っ先に私がたどり着けば、他の人達も遅れずに集まってくる。
正規軍人のゲオルグ中尉も通信使のテラメノさんを連れてやってきていた。
「準備はいいですね?」
私の掛け声に皆がうなずく。
「では任地へ向けて出発します。行程は7日間、まずは最初の宿泊地を目指します」
皆が一斉に答える。
「了解」
時は来たり。
「出発」
私の声とともに総勢10名の査察部隊は出発した。
《第1章:了》
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