その流れは、もはや誰の手にも止められるものではない。
「おい待て!」
「お前らどこへ行く!」
執行部隊の指揮官役であったはずのガロウズ少佐、そしてその副官である正規軍人たちが、職業傭兵たちに対して慌てふためいて叫んでいる。
「待たんか貴様らぁ!」
「お前らには前金で俸禄を払ってあるんだぞお!」
慌てて駆け出して傭兵たちを遮るように立ちはだかり叫ぶ。だが、そのような行為は何の意味もない。
その非難の声に対して複数の職業傭兵が懐から布袋を取り出す。
――高額硬貨を入れるための袋――
――傭兵たちは力いっぱいにそれを振りかぶるとガロウズの副官へと投げつける。
――ドコッ!――
硬いものが詰められた布袋は、軍人達の顔面へとものの見事にヒットする。それと同時に皮肉を込めて傭兵達が各々に叫んだ。
「そんなにほしけりゃ返してやらぁ!」
「耳揃えて返すぞ!」
「ハハッ! ありがたく受け取りやがれ!」
目一杯叫んではしゃぐ職業傭兵たちに別な職業傭兵が問いかけた。
「おい、いいのか? もったいなくねぇか?」
どんなに威勢がいいとはいえ、金は金、もったいないと思うのは人情だ。だが――
「良いんだよ、別に!」
「中身はそこらで拾った石ころだからな」
「もともとの中身はとっくに使っちまってるよ!」
「お前らだって返す気ねえだろ?」
すでに仕込みは万全だった。
「当たり前だろう?」
「とっくに酒代だからな」
「俺、借金の返済」
「かかぁに取られた」
「家建てる資金にすんのに貯金だ!」
「女に貢いだ!」
「田舎のおふくろに送っちまったよ!」
そして一人が楽しげに言う。
「お主ら、悪よのう!」
元気のいい笑い声が上がる。
「当たり前だろ?」
「俺たちゃ傭兵だぜ!!」
「宵越しの銭は持たねえよ!」
熱にうかされたように傭兵たちの群れは止まらない。
「行くぞお!」
「おおお!」
彼らはまさに〝名もなき人々のために戦う〟そのために戦場に立つのだから――
† † †
そしてその爽快なる光景をなかばあっけにとられて眺める者たちがいた。
フェンデリオル正規軍人の者たちだ。ガロウズ少佐の側ではない、西方司令部所属の理性ある判断ができる者たちだ。
その中でも才を放つは、ワイゼム・カッツ・ベルクハイド大佐と、エルセイ・クワル少佐だ。
ワイゼム大佐が声を漏らす。
「これは……してやられたな!」
驚きまじりのその声には予想外の事態への喜びが滲み出ていた。
そこにエルセイ・クワル少佐は賛同するように告げる。
「あれでは今回の執行部隊の行動目的の前提条件がなりたちませんね」
「あぁ、無論だ。敵と内通疑いをかけるはずの存在が、よりによって敵の最大主戦力をああも見事に倒したのではな」
「御覧ください大佐、トルネデアスの軍列も一時停止して止まったままです」
「当然だ。混乱の極みだろう。だが、再び動き出すのは時間の問題だ」
二人が冷静に状況を分析していると、傍らの副官が携帯望遠鏡を差し出した。
「ご覧ください、大佐殿、少佐殿――」
「なんだ?」
「あそこに信じられない物が見えます」
「なに?」
ワイゼムは望遠鏡を受け取り眺めたが、その意味をすぐに悟った。
「あれはフェンデリオル国旗と正規軍旗印! いやそれだけではない! 見たまえ!」
驚きとともに大佐は望遠鏡を少佐へと渡す。それを受け取りルストたちの居る市民義勇兵の方をながめた。
「あの輝きは――指揮官徽章では?」
「あぁ、間違いないな」
互いに頷くとそれぞれが目にした事実を受け入れる。軍人とは徹底したリアリズムにより現実を現実として受け入れて冷静な対処を貫く者たちだ。
その原則に則って彼らは自分たちが目の当たりしたものを一切否定しなかった。ワイゼム大佐が言う。
「ここでは〝なぜ?〟などと言う無粋な言葉は吐くまい」
「無論です。あそこには我々が正規軍人として行動すべき正当なる理由があります」
「そのとおりだ――」
「参りましょう」
「うむ」
一つの結論が出たことで彼らもまた行動を確定させた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!