「うん、聞きたいことってのはね、〝ワルアイユ〟ってどんなところなの?」
私は傭兵ギルドや正規軍から出された公式資料や通常情報だけには頼らない。可能な限り自分の手で情報を集めることにしている。公式情報と言うのは完全には信用できない。何らかの意図があって隠されている事があるかもしれないからだ。
自分の目と耳で予備知識を得るのも傭兵として重要な事だ。
「ワルアイユか」
そうホタルが言えば、
「そうだねえ」とマオが言う。
マオはやや不満げに言葉を続ける。
「わるい土地じゃないんだけどね。辺境とは言え農地は豊富で、芋や小麦を中心として採れ高はかなりのものだし、領地内に鉱山もあるから、そう言った利益で結構潤っていたんだ」
「潤っていた?」
それって過去のものだって言ってることだぞ。マオは緑茶を傾けながら続ける。
「隣接する大領地にアルガルド家ってのがあるんだけど、ここがタチが悪くてね。アルガルドって言えば商人たちの間では蛇蝎のように嫌われてるんだよ」
マオの表情には深いいらだちが表れている。
「隣接する他の領地を併合するためなら何でもする。悪い意味で上昇志向が強いんだ。政略結婚、御家乗っ取り、使用人の買収、とにかく手段は選ばない。かなりの数の侯族様が被害にあってるって話だ」
私はその話に湧いた疑問を口にした。
「国や政府の方では何も言ってこないの?」
「言えないんだよ。背後に上級侯族の中でも格上であるミルゼルド家が噛んでるって言われている。家の名前こそ違うが親戚筋にあたり、アルガルド自身がそれを吹聴してるとも言われている。そう言う連中だからな、ワルアイユも隣接しているから何らかの思惑を持っていたとしても不思議じゃないんだ」
「ミルゼルド家が? あそこの人たちそんな事するとは思えないんだけどなぁ」
私の言葉にホタルが不思議そうに問うてきた。
「ルスト、ミルゼルドの人たち知ってるの?」
「ん? 昔ちょっとミルゼルド家の人と話したことがあってさ」
私の答えにホタルはそれ以上食い下がってはこなかった。マオの話が続く。
「そう言うわけだから。今じゃ商人共はワルアイユを避けてる。あそこと取引したなんて知られればどんな嫌がらせを受けるかわからない。ワルアイユで商売して、そのままアルガルドに向かって、難癖つけられて捕らえられたり、利益を没収された奴も居るほどなんだ。そう、〝君子危うきに近寄らず〟さ」
商人が一番嫌がるのは権力者に横車を押されて利益を取り上げられる事だ。最悪破産しかねない。
たとえ可能性だけだったとしてもそれを忌避するのは当然の行動だった。
「でも、それじゃワルアイユの人たち相当困ってるんじゃ?」
「そのとおり。日常生活品はもとより、衣料品や日々の仕事に必要な必須道具、はては医薬品に至るまでそうとう困窮してるって話だ。あたしだって行ってワルアイユに行って薬を売ってやりたいが、その後の商売にどんな影響がでるかわからない。関所で身に覚えのない容疑でしょっぴかれる事だってありえる。そう言う場所なんだよ。今のワルアイユって」
理不尽極まりない話だった。ホタルも言葉をはいた。
「商人さんたちがそう言う状態でしょ?? 利益や収穫が上がらない所に祭りは催されない。あったとしてもおひねりの一つも飛んでこないことだってある。芸人たちの間でも行くだけ無駄だからあそこは避けようって言う流れになってる。まぁ、アルガルドが無くならない限りは解決しないんじゃないかな」
あまりに酷い実態に私は絶句せざるをえなかった。それでももう一つだけ問うておきたいことが有った。
「ワルアイユ領の一番大きい街って?」
私の問にマオが言う。
「街はないよ、村だけだ。村の名前は確か」
マオは思案しながら続けた。
「メルト村。ワルアイユ唯一の市街地でワルアイユ家の館もあるはずだよ。領主のバルワラ候が懸命に治めているはずだ」
それにホタルが続けた。
「ワルアイユ家は先代の領主夫妻はすでに鬼籍に入ってて現領主とその一人娘が居るだけね。例のアルガルドの妨害さえなければ領地運営は健全、領民たちの市民義勇兵としての練度もなかなかのものだってさ」
それはとても価値ある情報だった。やはり二人に話を聞かせてもらって正解だった。
「ありがとう、今日の払いは私が出しておくから」
そう告げると二人は満足げに頷いていた。
その時だ。背後から声がかけられる。
「誰か来るぞ」
低めのよく通る声の主はシミレアさんだ。立ち上がり私の近くへと歩いてくる。そして背中越しに私に告げる。
「あとで俺の工房へ来い。武器をみてやる」
「分かった」
「待ってるぞ」
そのやり取りの後にシミレアさんは出ていく。彼と入れ替わりに街の傭兵が数人入ってきた。マオもホタルも自分の朝食はすでに終えている。
「じゃ、あたしらも行くね」とマオ
「気をつけてね」とホタル
彼女らはそれぞれに仕事の旅へと出るのだろう。
「またね」
私がそう告げる言葉に二人は手を振って返してくれたのだった。
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