私がそっとそう語りかけたときだ。彼は頷いた。過去を懐かしむように。
「そうだ。戦場で孤立して二人きりで野営したさいに瀕死だったアイツから譲られた。『俺の形見としてこいつで一緒に戦ってくれ』と言われてな」
そして寂しそうに視線を落としながら言葉を続ける。
「内臓の病で余命幾ばくもなかったんだが、家族を養う必要から軍を辞めるわけには行かなかった。病死と戦死では恩給に差が出る。残された家族を救うには時を見て自ら戦死するしかなかったんだアイツは。それで俺は――」
カークさんは天を仰ぐようにして語った。
「――あいつを介錯した」
ふたたび視線を落とすとさらに語り続ける。
「そして譲られた精術武具を持ち帰ってからしばらくしてあの噂が流れ始めた。否定することもできたが、否定すれば親友の死の事実を明かさねばならない。そうなれば虚偽事実で恩給を受け取ったとされて恩給が打ち切られる恐れがあった」
「それで軍をお辞めに?」
「あぁ、親友の名誉を守るためには、それしかなかったんだ」
あぁ、やはりそうだ。この人は嘘をつかない。どこまでも義を信じる人なのだ。
「でも、それはごく一部の人間達のやっかみです。さらには銘のある優れた精術武具は希少です。なかなか手に入りにくい。自分に見合った精術武具ならなおのことです。それにおそらくは多くの人々はあなたがなぜ汚名をあえて背負っているかを薄々わかっていたと思います」
そして私はカークさんの肩をそっと触れながら告げた。
「わかっているからこそ〝雷神カーク〟の二つ名が送られた。私はそう思うのです」
私は彼を諭すように言った。
「職業傭兵の〝二つ名〟の意味、ご存知ですよね?」
職業傭兵にとって二つ名は命の次に大切なものだ。そして自らが勝手に名乗ったとしてもだれも相手にしない。それを納得させるだけの武功と実績が必要なのだ。
カークさんの顔がハッとしていた。彼の心を覆い隠していた闇が晴れたかのように。
「今はご自身を責めないでください。そして事態解決のために力を尽くしてほしいのです」
彼の顔が明確に頷いていた。そして立ち上がると姿勢を正す。
「隊長ありがとう。少しだけ気持ちが軽くなった」
落ち着きはらった彼に戻って感謝の言葉を口にしている。そして彼は自ら動き出す。
「村の防衛体制を確認する。村長と話してみよう」
「お願いいたします」
そして身をひるがえして歩きだしていく。去っていく彼を眺めながら私はつぶやいた。
「でも、敵はなぜ、ワルアイユ領をこうまで混乱させてようとするのかしら? これでは統治不能な状態に――」
だがそこで私の脳裏にひらめくものがあった。
「統治? 地方領としての自治の困難?」
そして私は気づいた。
「ワルアイユ領が自治運営が困難な状態だと報告すれば、領地運営の主権は一時的に停止されてしまう! それを機に――!」
敵の狙いがようやく見えてきた。ならば!
「こっちも奥の手を切る必要があるわね」
私は持参してきていた荷物からペンと紙を取り出した。そして一筆をしたためはじめた。
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