それから再び外へ出て状況を確かめる。
累々と襲撃者の遺骸が横たわり、新たな襲撃者の影は今の所は見かけられない。役場の屋根上ではバロンさんが、物見を兼ねて今なお弓をつがえている。
「バロン2級!」
屋根上のバロンさんへと声をかける。すると屋根上の端から顔が見える。
「状況はどうですか?」
私のその問いにバロンさんから声がする。
「今のところ異常ありません。襲撃者たちは退いたようです」
「分かりました。警戒を継続してください」
「了解です」
そしてそれと同時に別の声がする。
「ルスト隊長!」
野太く枯れた声はダルムさんの物だ。その他にも幾人かの男性の義勇兵の姿も見える。火災現場の方から駆けつけてくれたらしい。
「ダルムさん!」
「大丈夫か? 襲撃されなかったか?」
「はい、軽傷者は出ましたが、死亡者や重傷者はいません。襲撃者たちは撃退しました」
「撃退――」
息せき切って駆けつけたダルムさんの顔と声に驚きがにじみ出ている。だがすぐに納得する。
「――それなら良かった」
私は問う。
「他の方たちは?」
「今、こっちに戻ってくる。森林火災もなんとか破壊消火が成功しそうだ」
「では村の鎮守の林は――」
「問題ない。5分の3は残せるだろうぜ」
「そうですか――、ご苦労さまです」
ダルムさんの報告に私は安堵する。まずは一つの山場を超えたことになる。
だが不意にダルムさんが問うてくる。
「アルセラの嬢ちゃんはどうした?」
「あぁ、それですか?」
私はアルセラが精術武具を使用した件をかいつまんで説明した。
「――なので今、別室で落ち着かせています」
「アルセラが――そうかすまねえな」
「それより――」
私は周囲を一瞥しながら告げた。
「――これからの方針を決定しなければなりません」
その言葉の意味をダルムさんはわかってくれていた。
「そうだな。このままと言う訳にはいかねえな」
焼かれた山林、襲われる村、傷つけられる村民たち――
このままの抵抗を続けていても持ちこたえられない。なにより林だけでなく村そのものに放火される恐れもある。あのような凶悪極まりない一団が絡んでいるのならこれ以上の流血は絶対に避けなければならない。そのためにも決断する必要があるだろう。
「査察部隊の皆と村の要人の方々が戻られたら役場前に来てください」
「わかった」
「私は村民の方々を見て回ります」
そう言葉を残して役場から離れた。これからの事を思案し決定づけるために――
それは極めて重い命題だったのだ。
† † †
そしてそれから少しして、村の男性たちと消火活動の支援に向かわせた4人が戻ってきた。
村の様子を見て回っていた私は、その動きと気配を感じて急いで役場前へと戻る。
メルゼム村長、青年団のリーダー、長老格の代表、女性義勇兵の代表と言った人々が集まってきている。
それに加えて査察部隊のメンバーたちも結集している。人だかりの端っこにはゲオルグさんの姿もある。
主だった人々はすべて集合していた。残るはアルセラだが――
「ルスト隊長」
アルセラの声がする。侍女長のザエノリアさんを伴って役場の建物の中から出てきたのだ。すでに落ち着きを取り戻したようで、先程の疲労の色は和らいでいる。
「アルセラさん」
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
私が安堵の表情で見つめ返せば、アルセラは皆が集まっている理由をすでに察していた。
「それで――これからの方針について判断を仰ぎたいのですが」
アルセラの言葉に皆の視線が集まる。
彼らもこのまま黙して座していても解決には繋がらないと覚悟を決めているのだろう。悲壮な気配の中に、しっかりとした覚悟の度合いが漂っていた。
その覚悟に私は答えた。
「みなさん。事態が切迫しているのはご理解いただけていると思います」
否定の声は無い。一身に集まる視線がその答えだ。
「私はこれまでの経緯を一から考えなおしていました。ミスリル横流しの不正疑惑、査察部隊へかけられた濡れ衣、ワルアイユ領への長年に渡る妨害活動、ご領主の暗殺、新領主を引き継いだアルセラ様への襲撃事件――そして、山林への放火」
よくぞここまで続いたものだ。だがこれで終わるはずがない。
「これらはすべてが、このワルアイユ領の乗っ取りを最終的な到達点として行われていると考えられてきました。ですが私はここにもう二つの可能性を考えたいと思います」
そう――黒幕の企みにはまだ続きがあるのだ。
「一つは海を超えたフィッサール連邦からやってきた黒い手勢。放火や暗殺を手掛けているのは彼らです。闇の世界の住人であり、その総数や戦力の実情は把握しきれません。村を拠点にして彼らとまともにやりあっても犠牲者なしには勝てないでしょう。彼らはゲリラ戦の達人と捉えるべきです」
そして私は告げる。
「この村での戦闘継続は圧倒的に不利です」
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