旋風のルスト 〜逆境少女の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方国境戦記〜

美風慶伍
美風慶伍

ゴアズ対50人の下男ども

公開日時: 2021年8月3日(火) 21:30
文字数:2,154

 それは頭上から光も差さないような鬱蒼とした森の中だった。

 アルガルド領の領主デルカッツへの居城へと向かう途上の道、そこに彼は佇んでいた。両手に武器を持ち仁王立ちし、森林の木々の間から現れる追手の数々を、この地で打ち取るべく彼は待ち構えていた。

 ルスト率いる査察部隊の殿しんがりとして。

 その胸にある想いを秘め、彼は立ち向かおうとしている。


 彼の名は〝ガルゴアズ・ダンロック〟

 元軍人の職業傭兵だ。


 ゴアズは敵を見据えていた。

 両足を開き気味にして立ち、眼前の敵を睨みつけている。

 大ぶりな牙剣と革製鎧で武装した集団。中には短弓矢を手にしたものたちの姿もある。頭には硬い革製のヘルメットを被り、なかなかの装備だ。

かなりの武装だが、その雰囲気から言って職業傭兵や、あまつさえ正規軍人ですらない。

 明らかに、国の決まりを無視して違法な形で集められた私兵集団に他ならなかった。

 その彼らは、まるで森の邪悪な妖精か子鬼の様に、わらわらと木々の間から湧いて出てくる。ゴアズの向かい側の道の途上だけでなく、彼を左右から挟み込むように密林の木々の間にもその姿が隠れている。

 ゴアズは明らかに、不穏な敵に囲まれていた。

 だがその状況は陥ったのではない。

 彼自らが望んだ状況だった。


 彼はその両手に握り締めた大型の二振りの牙剣〝天使の骨〟を握りしめ直しながら、その数を増やしつつある襲撃者たちへと言葉を投げかける。


「お前たちに問う」


 それはひどく落ち着いた声だった。だが、その声に反応する者は皆無だ。

 言葉の代わりに周囲から無数の矢が放たれる。


――ヒュッ! ヒュヒュヒュッ!――


 一斉に襲いかかってくる矢じりの群れを前にしてゴアズは唱える。


「やむを得ん」 


 2つの剣先を、鳥が羽を休めるかのように左右に広げていたゴアズだったが、その剣先を2つとも上へと向け、2本の牙剣を垂直に並べる。


「精術駆動 ――音圧障壁――」


 そして、拍子木を打ち付けるかのように2本の牙剣を互いに打ち付けあった。

 

――コオオォォォン……


 軽い音が鳴り響き、それは徐々に低さと重さを増していく。

 

……ォォォオオオオン――


 そして音量はさらに増し、音の共鳴と振動は周囲の木々すらも震わせていく。だが音は更に音量と重さを増す。まるで周囲の空間そのものを振動させるかのように。

  

 その音の振動に押し負けられたかのように、放たれた矢は尽く軌道をそらしてしまう。矢は一本もゴアズへとは当たらなかった。


「何だてめぇは」


 そう粗野な言葉を吐きながら現れた男が居る。装備こそ他の者達と変わらないが体格や威圧感は明らかに格上の感じがしていた。周囲の者たちに視線を投げかけると攻撃の手を一時止めさせた。その行動に答えるように、ゴアズも牙剣の切っ先を地面の方へと下ろした。

 その男は、野太い声を撒き散らすようにゴアズへと問い掛ける。

 

「今まで出くわした精術武具使いにゃ色々居たが〝音〟を使う奴なんてのは初めてだぜ。おもしれぇ! 名前を聞いておこうか」


 名前を問われてゴアズは答える。

 

「2級職業傭兵、弔いゴアズ」

「弔い――」


 男がゴアズの二つ名を反復する。間を置かずに彼もまた自ら名乗り返した。


「アルガルド領ラインラント城、下男長ボルコフだ」


 その名乗りにゴアズが問い返す。

 

「下男長と言う肩書きの割りには、貴方も率いている部下たちも武装が物々しすぎませんか?」

「当たり前だ」

 

 ボルコフと名乗った男は答える。

 

「下男なんて肩書は建前だからな」

「やはりそうでしたか」

「あぁ」


 そう答えつつボルコフは口元をニヤリと歪ませた。

 

「お察しのとおり、俺たちゃ雇われの私兵だ。デルカッツの旦那に金で雇われたな」


 ボルコフは問われもせぬのに言葉を続ける。

 

「俺たちゃ、金になれば何でもやる。山賊崩れ、追い剥ぎ、盗賊、何でもありだ。ただ余り大ぴらに動けば手配書が回っちまう。じきにとっ捕まって刑場送りだ。それだけは勘弁願いてぇ」


 ボルコフの言葉はゴアズの中に不快な心のざわめきを引き起こした。だが、それを押し殺して平静を装う。ボルコフの語りは続く。


「そんなときだ。あのデルカッツの旦那に出会ったのは。匿われる代わりに汚れ仕事をやってくれって言われた」

「そして、ラインラントの砦へとやってきたと」

「そうだ。街からは離れちゃいるが、お前らのガキ見てえな女隊長が見抜いたとおり、抜け道隠れ道はいくらでもある。姿を隠してやりたい放題だ。それにデルカッツの旦那の名前を出せば、街や村の連中も何も言えねぇ。金をせびって女をかどわかしても誰も何も言ってこねぇのさ」


 下賤の輩ですらもない、ゴロツキ以下の語りに、ゴアズの内心に怒りの炎が密かに湧いていた。それを知らずにボルコフは続ける。


「こんな面白え暮らしはねえぜ。それがあの旦那の命令を聞くだけで叶うってんなら願ったり叶ったりだ」


 ボルコフがそう告げれば、周囲の者たちもしきりに頷いている。


「それに引き換え、傭兵さんたちも軍人さんたちも、ご苦労なこったぜ。生きて帰れるかわからねぇ戦場に行ってキズだらけになって命のやりとり、下手すりゃトルネデアスの砂モグラどもにとっ捕まって捕虜になる事もある。それでいてもらえる銭ははした金。何が楽しくてやってられるのか」


 鼻で笑いながらそう言い切るボルコフは、ゴアズへとこう切り出した。

 

「どうだ? お前もこっちに鞍替えしねえか?」


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