「実は――」
アルセラは気丈にも落ち着いた声で語り始めた。
「――以前からアルガルドから私への〝婿とり〟の要請があったのです」
「婿取り――夫を娶れと?」と私――
「はい――ですが私の父であるバルワラがそれを断固拒否しました。アルガルドに隣接する他の領地の事例のように、ワルアイユ家を内部から乗っ取られる事を強く警戒していたのです」
その言葉にダルムさんが苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「そして〝嫌がらせ〟が始まったってわけだ」
「はい、ですが父はそれでもなおアルガルドからの婿取りを断固拒否していました」
「それで今日に至るってわけか――」
しみじみと相槌をうつダルムさんの言葉に私は続けた。
「単に婿取り強要だけならば暗殺までに至る理由にはなりません。別な手段を取ればいいだけです。領地運営妨害の連名告発についてもアルガルドほどの人たちなら嫌疑に対する対抗策は練ってあるはずです。そしてこの段階で物資横流しの嫌疑が出てくるのが不可解なんです」
私が述べた私見に皆が頷いている。ダルムさんが言う。
「つまりは複数の事実が〝噛み合わない〟ってことか」
「はい」
そこで私はあの話をしておくことにした。昨夜の深夜の一件だ。
「実はお話しておきたい事があるのです」
「それは一体?」
村長とアルセラ嬢が視線を向けてくる。私はつとめて落ち着いた口調で告げた。
「私も昨夜、暗殺者に襲われたのです」
私の言葉にアルセラが表情を固くするのが分かる。
「暗殺者は複数、そして組織だって行動しています。その素性は全くわかりません」
実はパックさんの話からある程度はつかめているのだが、ここでそれを話してしまうと彼女たちもそのリスクへと巻き込む可能性がある。それだけは避けたかった。
「そう言う手合がアルガルドとは別に動いています。それらの背景がわからない以上、迂闊な行動は慎まなければなりません。それになにより、まだなにか見えていない事実があるはずなのです」
私の言葉にアルセラが頷いていた。あえて彼女へと諭すように語りかけた。
「まず、最終判断を下すにはまだ早いと思います。あらゆる可能性を考えて行動すべきです」
「はい」
アルセラが素直に返事をする。
「そして、軽率な反撃はしてはいけません。暗殺を行った第3者がどのような思惑なのか判断できないため。些細な行動が命取りになりかねないのです」
「おっしゃるとおりですな」
私の意見にメルゼム村長が同意してくれた。そこで私は彼に問うた。
「そこでお聞きしたいのですが、メルト村での市民義勇兵の練度の方はどの様になっておりますでしょうか」
「それについてですが――」
村長は一言区切った上で教えてくれた。
「ワルアイユは国境線に近く、トルネデアスと隣接しているため、いつでも正規軍と連携行動が取れるように軍事教練は定期的に行っております。非戦闘員の退避方法も決まっています。また連絡役としての通信師も多数育成しております。これだけは万全の状態を維持するようにと、あのバルワラ候から言明されておりましたから」
「なるほどそうだったのですか」
通信師――精術武具の技術の応用で、術者の念話をより効率的に通信手段に用いれるようにしたものだ。
当然ながら資格取得は困難を伴うのだが、それを複数育成しているという。
今はなき領主バルワラ候――その先見の明には驚かされるとともにその人柄が偲ばれるというものだ。
私はさらに問うた。
「地理的な状況としては?」
「はい、村の南方に廃鉱山がありそこが緊急時の避難場所として整備されています。さらには村を見下ろす高台の山の頂に物見が設置されております。
そもそも村は盆地となっており周囲を山に囲まれている。西に向かえばそちら側はさほど高くなく、山越すれば広い平原となっている。そして、その平原の先の岩砂漠がトルネデアスとの国境線となっております」
待避所と物見台もある――驚くほどに用意周到に準備が普段からされているのは間違いなかった、だが、村長あることを付け加えた。
「ちなみに、西方平原付近はフェンデリオル正規軍による定期巡回ルートとなっているのですが、それが現在機能しているかは不明です」
「なるほど――ご説明、ありがとうございます」
現状のワルアイユ領の状況から言って定期巡回が機能しているかは怪しいものだ。だからこそ、私達のような職業傭兵に哨戒行軍任務を委託する必要があるのだから。
村長の村の地理的条件への説明を受けて、私は教え諭すようにこう告げた。
「まずは慎重を期する事を厳命しておきます。一歩の間違いが100年を超えて残ることもあるのですから」
「はい」とアルセラ、
「肝に銘じておきます」そう答えるのは村長、
「その上でですが――」
私は今後の行動方針についてアドバイスを与える。
「まず、アルセラ様は村役場にて待機していてください。村長とギダルム準1級はともに、村民たちが市民義勇兵として行動をとれるように準備――パックさんはアルセラの侍女や青年団たちと救護班の準備をお願いいたします」
「解った」とダルムさん、
「心得ました」とパックさん、
「では早速――」とメルゼム村長、
「よろしくお願いいたします」
私が声をかけるのとほぼ同時に、村長は執務室から駆け出していった。
今まさに緊急事態に対しての準備行動が始まった。
私はアルセラと行動をともにしながらドルスさんたちからの報告を待つことにしよう。
だが私はふと思う。
「なんだろう? 強く感じる違和感は?」
私の胸の中に言いしれない不安が沸くのを感じていた。
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