「えっ? はい」
支部長と私だけで二人きりの会話となった。その状況を察してプロアは一言残して出ていく。
「支部のエントランスで待ってるぜ」
「わかったわ」
プロアが出て行け扉が閉められる。そして二人きりとなったところで先に口を開いたのはワイアルド支部長だった。
「ルスト、お前にはひとつだけ叱責することがある」
いつになく真剣な表情だった。私は初めてこのワイアルドと言う人に少なからぬ恐ろしさを感じた。それはそう、自分の父親に本気で怒られるような雰囲気。
この人は昔からそうだった。
私のことを心のどこかで本当の父親のように心配してくれているのだ。
その支部長が言う。
「お前なぜ〝指揮官権限の委任状〟の発行を求めた? それがどういう事態を引き起こすか分かっているんだろうな?」
「はい――」
私は返す言葉がなかった。ワルアイユとアルセラを守るために訪れるだろう正規軍兵と職業傭兵たちをひとつに糾合する事は絶対条件だったからだ。だがそのことに対して支部長が何を問題視しているのか私には分かっていた。
「2級傭兵が指揮官権限を行使することへの多大な矛盾です」
支部長は恐ろしいほどの視線で私を睨みつけていた。
「その通りだ。しかもお前はそれを傭兵ギルドに話を通すことなく、独断の判断で行なってしまった」
物事には順序がある。通さなければならない筋がある。私はそれをないがしろにしてしまったのだ。上層部が怒るのは当然だった。支部長の言葉が続く。
「そして、その事に対して、お前に職業傭兵ギルド上層部よりある裁決が下った」
私はその言葉の続きを固唾を呑んで見守る。支部長の口が開いた。
「向こう半年間の傭兵としての活動の禁止だ」
それはあまりに重い処分だった。これより重い処分となると降格か資格剥奪となる。むしろこの程度で済んだのが幸運と言っていいほどだった。
私はこう語るざるを得ない。
「申し訳ありませんでした」
謝罪の言葉を口にする私に支部長は言う。
「状況的に時間がなかったのはわかる。私が現場にいたらどう判断をつけて良いのか結論を出すのも難しかったろう」
支部長は言葉を続けた。
「敵国の撃退、虚偽の証拠によるワルアイユの乗っ取り、権力を行使しての正規軍兵や職業傭兵の強制的な動員。それらの難しい状況を一発で解決するためには、黒幕だった人物の思惑すら超える確実な一撃を見つけ出さなければ命すら危なかったというのも分からないでもない」
「はい」
「だが、お前は〝組織〟の中で動いているということを忘れるな。もっともお前のことだこういう結果になることは想像できていたんだろう?」
「はい。覚悟の上です」
私の答えに支部長は沈黙する。少しの時間をおいて彼は言った。
「お前には十分すぎるほどの報奨金が払われた。お前が仕送りをしているあの人への半年分の仕送りを送っても十分に余るほどだ。何も考えずにゆっくりと体を休めろ。それに謹慎処分ではないから外出は自由だ」
それは言外に〝自由に旅でもしてこい〟と言っているかのようだった。
そしてそこで初めてやっとワイアルドさんは頬を緩めて笑ったのだった。
「ルスト、よく頑張ったな」
そう言葉を述べて杖を頼りに立ち上がると、私の方へと歩み寄ってくる。
支部長は言う。
「半年間の活動禁止。だがそれを罰だとは思うな」
そして私の肩をそっと叩いてくれる。まるで娘を労う父親のように。支部長は言う。
「いい機会だ、お前が仕送りをしているおふくろさんの所に会いに行って来い」
「そうですね。そうさせていただきます」
「ああ」
それ支部長は何かの気づいたようにこう尋ねてきた。
「そういえばお前のおふくろさん、ミルフルさんと言ったか」
「はい」
「住んでいるのはフェンデリオル北部の山の中だったな」
「はい、距離が離れていますが駅馬車の通っている街道筋なので、ブレンデッドからでもそれほど時間はかかりません」
「そうか」
支部長はそう呟くとデスクの端に腰をかける。杖を頼りに長時間立つのは辛いらしいのだ。支部長の落ち着いた声が続く。
「お前のおふくろさん、そもそも何の病気なんだ?」
「それは――」
あまり口にしたい話題ではないがこの人だったら打ち明けてもいいだろう。
「ミルフル母さんの病名は〝漢生病〟です」
私が発した言葉に支部長の顔が驚きを浮かべるのがわかった。
「漢生病だと?!」
「はい」
少しの沈黙の後に真剣な口調で言葉を吐いた。
「今では治療法が確立されているが、医学知識が十分でない昔は〝業病〟と呼ばれて不当な扱いがされることが多かったというあれか」
「はい。今でも辺境や山間部の寒村では間違った知識が残ってるといいます」
「今でも」
「はい」
漢生病は土の中にごく自然に存在する特定の細菌に感染することによって発症する病気だ。神経の痛みや障害、皮膚の劣化や変形などがおき、慢性的な痛みを生じる。
しかし病原菌の感染力は非常に極めて弱く人から人への感染は皆無だ。
しかしながら外見が激しく劣化するため偏見を持たれやすく正しい医学知識が普及していなかった時代には差別的な扱いもあったという。
「私はとある事情からこの病気に関して正しい知識と治療法を知っていました。それを母の住んでいる村の人たちに教えて無用な恐怖心を取り除くと、特効薬の薬代を稼ぐために働きに出ることにしたのです」
支部長はそこでようやく腑に落ちたらしい。
「それがお前が傭兵になって稼いでいる理由か」
「はい」
「そうか」
この病気の治療法は確立されたとはいえ特効薬はこの時代まだまだ高価だ。それを稼ぐには傭兵のようなリスクのある仕事に挑むしかなかったのだ。
そこで少し支部長は思案していた。少し沈黙した後に言葉を発する。
「おふくろさんの容態はどうなんだ?」
「はい。投薬治療が成功して日常生活も自力で営めるようになってます。住んでいる村の人々との関係も良好で、とても健康的な暮らしをしています」
「そうか」
そして支部長はしみじみとした顔でこう述べた。
「自分のための傭兵稼業ではなく、大切な誰かのためか。お前らしいな」
支部長は立ち上がると杖を頼りに私の所へと近づいてくる。そしてすぐそばに立つとこう告げてくれた。
「それならなおさらだ。山奥で暮らしているおふくろさんのところに会いに行って来い」
それは支部長としてではなくワイアルドと言う一人の人間としての言葉だった。この人はいつも不思議なくらいに私を見守ってくれていた。
「わかりました。ありがとうございます」
私の精一杯の笑顔でそう答えると支部長は優しく微笑み返してくれたのだった。
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