会議参加者たちがざわめいた。
「これをそこで口でするか?」
「なんと見下げた男だ」
「どこまで自分の娘を苦しめれば気が済むのだ!」
沸き起こる義憤は当然だった。だが、それに対して反論する声が上がった。
「それは違います」
それは落ち着いた口調の妙齢の成人女性の声だった。
精霊神殿のいくつかある扉を一つから銀色のシルク地のエンパイアドレスを身につけた銀髪の一人の女性が姿を現す。エライアの母、ミライルだった。
エンパイアドレスの背面には蒼と金糸のロングトレーンがつけられ、さらにその上には真っ白な毛皮製のケープがはおられている。足には細密編みのタイツが履かれエスパドリーユが履かれていた。
かくも神々しいその姿に皆が視線を奪われている。
「奥方様!」
「ミライル夫人」
人々から声が漏れる。その一方でデライガは戸惑いの声を上げた。
「ミ、ミライル?」
自らの愚夫に対してミライルは言い放った。
「あなたの願いは叶いません」
「なに? どういうことだ!」
「あなたはご存じないことですが、エライアにはモーデンハイムの血脈はしっかりと受け継がれています」
「なんだと?」
訝しがるデライガに、補足するかのようにユーダイムが告げる。
「お前は、私の亡き妻が腹に宿した状態で連れ子としてこのモーデンハイムにやってきた。その事は限られた人間しか知らん。今までお前は私の実子として認知されてきた。お前の先程の暴言はそのことをもってして口にしたのだろうが」
ユーダイムはなおも言う。
「そもそもお前が妻を娶るということになった時、いずれはこのような血脈問題が起きると私は踏まえていた。お前の弟、すなわち私と亡き妻の間の実子すら、お前は苛烈な虐待と妨害の末にこのモーデンハイム家から追い出してしまった。その予兆があったときからお前に対しては危機感を持っていたのだ」
その言葉にミライルは言う。
「弟君、エルダイア・フォン・モーデンハイム候でらっしゃいますね?」
「そうだ。今ではエルダイアの消息も掴めん。だから私はお前の婚姻のときに一計を案じたのだ」
ユーダイムは歩き出すとミライルの傍らに佇んだ。
「実は、ミライルの四代前の先祖の女性は我がモーデンハイムから嫁いだ身なのだ。これは先方の家系図と戸籍謄本記録から確認した確実な情報だ。つまりだ」
ユーダイムはミライルの肩に手を載せて告げた。
「外部を経由する形となるが、モーデンハイムの血脈はしっかりと受け継がれている」
ユーダイムは自らの息子であるデライガを冷たく突き放すかのように睨みつける。
「お前には散々に家族を壊された。失われた絆はあまりにも多い。これ以上、お前の蛮行を許すわけには行かぬ! そして、お前にもう居場所はない!」
その叫びとともに、ユーダイムは会議参加者たちに向けて高らかに告げた。
「さて諸君、尋ねたいことがある。一旦、デライガとミライルの婚姻関係は破棄した上で、あらためて私ユーダイムの養女としてミライルを迎え入れたいと思う」
それすなわちデライガを親族の絆から切り捨てることを意味していた。そのうえで、エライア――すなわちルストをユーダイムの孫として、ミライルの娘として認めるということでもあった。
予想外の判断に皆が驚いている中で、ユーダイムは問うた。
「この判断に同意するものはご起立願いたい」
それは誰の目にも、あのエライアを守りたいが故の判断だということは明らかだった。
「異議なし」
声が上がり会議参加者が立ち上がる。
「同じく異議なし」
なおも参加者が立ち上がった。
さらに新たな提言が上がる。
「次期家督継承者が確定するまでの間、前当主であるユーダイム候に現役復帰していただきたい」
この提言も加えて改めて声が上がる。
「異議なし」
「同じく異議なし」
そして最終的にはデライガを除く全ての者たちが立ち上がったのだ。
こうして数多くの悪夢をもたらしてきた、一人の男の妄執は終わりを告げたのだ。
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