勝負は決した。もはや2人には抵抗する意思すら残されては居なかった。アシュゲルが苦しげに問う。
「なぜだ? なぜ雷撃が効かない?」
そう問われてかるくため息を吐きながらプロアは言う。
「言ったろ。知ってるって――、精術武具で雷精系と火精系は安物から上物までわりと数が多いんだ。当然、雷精系を相手に金属武器は不利だ。だから対策を講じた」
プロアはこれみよがしに鎖牙剣を巻き取りながら続ける。
「ミスリル素材を組み合わせて雷精を弾くように作り上げた。いわゆる『精術殺し』ってやつだ。ふつうの戦場で戦うなら、そんなのは要らねえが何しろ俺は〝闇〟に身を置いてたからな。戦う相手が精術武具持ちってのはあたりまえにあるんだよ」
それはプロアがそれだけ過酷な戦いの場数を踏んでいたことの現れでもあった。
「精術武具を相手に戦う極意は2つ。〝手の内を知られない事〟〝相手の能力の上を行くこと〟ただ単に得意がっていい精術武具を振り回してても素人相手にしか勝てねえ世界なんだよ。これでわかったろ?」
――カッ――
プロアは軽く足を踏み鳴らしながら言う。
「俺がお前らを逃がそうとした理由が」
呆然と佇むアシュゲルと、右肩を抑えるハイラット、2人は無言のままプロアの言葉を聞き入っていた。
「悪事に手を染めて逃亡を企てる中小の侯族領主が考えるのは、たいてい闇社会への潜伏と相場が決まってる。闇社会の連中とも繋がりができてて、そっちの世界に行っても十分やっていけると思いこんでるからな。だが、そう簡単じゃねえ」
巻き取った鎖牙剣を腰の裏に隠したホルダーへと仕舞う。
「闇社会のお得意様は相手が〝表社会に居るカモ〟だから相手してやってるのさ。カモがカモじゃなくなったら、丸裸に毟って骨の髄まで食い散らかしてどこかで密殺されて終わりだ! そう言う馬鹿を散々見てきたんだよ俺は!」
そして、苛立ちと怒りを叩きつけるように足を踏み鳴らしながらプロアは言った。
――ガンッ!――
「お前らもそうなりてぇのか?」
答えはなかった。ただ否定することもない。それが答えだった。ただアシュゲルは問い返す。
「なぜ――」
「ん?」
「なぜそんなに裏の事情に詳しいんですか?」
ハイラットも問うてくる。
「あなたは何者なんですか?」
その問いかけに少しの間を置いてプロアは答えた。
「俺の名前はルプロア・バーカック、ただしそれは別名だ」
「別名?」
「あぁ」
そしてプロアは告げる。
「俺の本当の名前は〝デルプロア・ガルム・バーゼラル〟バーゼラル家の元次期当主候補だ」
告げられたその名前にアシュゲルたちは驚愕の表情を浮かべた。
「バ、バーゼラル?」
「まさか? 十三上級候族!」
驚かれたプロアは彼らに問いかける。
「知ってるか? 宗家取り潰しになった事件」
「は、はい。確か当時の当主がアヘンの密売に絡んで捕らえられたと」
「それは俺の親父だ。事後の処理がまずくて宗家まるごと取り潰しくらったのさ。おかげで一家は離散、財産もみんなむしられた。俺以外の家族は名前を変えて別のところへと移住できたんだが――」
一呼吸置くようにプロアのため息が漏れる。
「だが次期当主候補と言う肩書きを背負ってた俺は逃げることができなかった。逢うやつ全部にひどい目にあわされて転がるように転落していった。後に残されたのは自分の身一つだ」
だが、プロアは確かな口調で語り続ける。
「何もかもなくした俺だが、それでも先祖代々守ってきた家宝の精術武具だけは取り戻したかった。債権者や権利者との話し合いの中でも、宗家取り潰しのどさくさに紛れて盗まれてしまった二つの家宝を取り戻すことができるのならば、バーゼラル家再興を認め助力するとの約束を取り付けることができた」
そしてブーツを軽く踏み鳴らしながら彼は言う。
「奪われた家宝は二つ。〝アキレスの羽〟と〝イフリートの牙〟、アキレスの羽はすぐに取り戻せたがイフリートの牙は見つからなかった。そこで俺は覚悟を決めて闇社会へ潜ることにしたんだ。イフリートの牙の行方を辿るためにな」
それはプロアが誰にも語らなかった己の秘された過去だった。その重みをアシュゲルもハイラットも聞き入らずには居られなかった。
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