消えいくその姿を見送りながら私は次の相手を探した。
ゴアズさんとバロンさんだ。
そこから少し離れた場所で並んで佇んでいる二人を見つける。彼らは西方平原に視線を向けていた。
「バロンさん、ゴアズさん」
私は二人に声をかけた。
「ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい」
「何でしょう、隊長?」
二人を相手に会話が始まった。彼らもまたパックさんのように心のなかに抱えたものを整理してあげる必要があった。
「お二人の過去についてお話させていただきたいのです」
「過去――」
そうゴアズさんが漏らせば――
「――」
バロンさんは沈黙する。だが二人は拒否はしない。まずはゴアズさんだ。
彼はいつでも静かに笑みをたたえている。そして常に手を差し伸べるべき者たちへの配慮を忘れない。ときには少しは自分自身を気遣ってもいいと思えるくらいに。
それを示すかのように彼の体は首から下は傷だらけだ。その手もおそらくは使用している精術武具のせいだろう、その反動でひどく荒れている。私はそんな彼に告げる。
「ゴアズさん。あなたにはお願いがあります」
「お願い――ですか?」
「はい」
彼の言葉にしっかりと頷きながら、強い視線で見つめて言葉を続けた。
「今回の戦いで〝死地〟を求めるような事だけは絶対になさらないでください」
ゴアズさんは思わず言葉を失う。思ったとおり図星だった。
「――ランストラル山岳回廊の悲劇――山岳国境地帯での脱出作戦。かつて軍学校で学んだことがあります。状況的不利と、地形的不利が重なり、殿を務めた正規軍人の部隊がほぼ全滅。1名だけが奇跡的に生き残ったと聞きました。――それがあなたですね_?」
彼から言葉は出てこない。だが否定もしなかった。
「今まで自分自身を支え、生きる場だった仲間たちが死地へと旅立ち、自分自身の存在意義をあの日からずっと探しているのだと思います。戦場で自らを危険に晒すような行動が多いのはその表れです。ですが――」
私は告げる。彼に言い含めて諭すように――
「今はあなた自身も含めて生き残る事に全力を注いでいただきたいのです」
それは戦場という極限の状況下ではとても、そう、とても重要なことだ。避けては通れないのだ。
私は彼を鋭い視線で見つめて言った。
「死を意識した兵が重要な場に居ると、それは流行病の熱のように伝播します。そして、重要な局面で判断を誤る元になります。全員が目的と心を一つにする――それこそが困難な作戦を成功に導くための第一義です。だからこそ今自分自身に問うてほしいのです」
一呼吸置いて余韻を込めて語りかけた。
「あなたのかつての仲間は、今の貴方になんと言うでしょうか? 戦死してこちら側へ来いと言うでしょうか? もう生きることを諦めていいと言うでしょうか?」
その言葉は、はたして――ゴアズさんへと届いたようだ。素直に柔和にほほえみこう答えてくれた。
「おっしゃるとおりです。俺のかつての仲間ならこう言うと思います――『一人でも多くの人を救え』と――そして――」
かつての日々を噛みしめるようにぐっと拳を握りしめて。
「『お前も生き続けてくれ』と言うでしょう」
その言葉に私は頷き返した。
「もうお分かりですね?」
「はい。隊長、目が覚めました。私が間違っていました」
「では――」
「明日の作戦は作戦への参加者全員が生存することに全力を注ぎます」
「よろしくお願いします」
その言葉に対してゴアズさんが敬礼で答えてくれる。私も頷いて返した。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!