メルト村はすでに夜の闇に沈んでいた。
昨日、パックさんとともに辻の薬売りに扮して居たのが昔のように思えるくらいに別な風景に感じられる。
薄茶色の焼きレンガで作られた村の建物を横目に見ながら私は周囲を警戒する。
同じく、私の隣で周囲を探っていたパックさんが耳元でささやいた。
「隊長――、一人でここを守れますか?」
唐突な言葉。襲撃者たちの手練のほどは昨夜の襲撃で体感している。ここを守り切るくらいなら十分可能だろう。
私は即断する。
「やれます」
その言葉にパックさんが頷いた。
「ここはお任せいたします。私は役場の反対側を――」
「了解です。お願いします」
「では――」
そう答えて軽く一礼してパックさんは駆けていく。村役場の建物を中心として表側は私、裏側がパックさんが担うことになる。
たった二人だがそれでも守りきれる目算はあった。なにしろ狙撃役を担うのはあのバロンさんなのだから。
一本道のバロンと、絶掌のパック――遠距離攻撃最強の狙撃手と、白兵格闘戦のエキスパート、それだけ居ればお釣りが来る。あとは――
「私次第ってことよね」
――私の戦闘力次第ということだ。
襲撃者の狙いがアルセラにあることは明白だった。まだアルセラの命を奪うことができれば、この企みの黒幕が狙いが成立しうるからだ。そして――
――ザワ――ザザザ――
足音が聞こえる。密かな足音が。地面の砂利や土埃で摺り音を漏らしながら人の気配がする。
その数――
「一つ、二つ、三つ――」
私は心のなかでカウントする。目に見えるものと耳に聞こえるもの。そして体感する気配で見えざる敵の数を把握した。
「五人――」
そう答えを出したその時だった。
――ヒュゥ――
傍らから風を切る音がする。音のする方向からして右脇上方向、役場の建物の道向かいの家屋の屋根からだ――
――ヒュィィィ――
急速に接近してくる風切り音の正体を私はすでに悟っていた。
右手に逆手に握りしめていた戦杖を振るう。
打頭部を下にしてゆるく構えていたが、グリップを強く握りしめて戦杖を勢いよく引き上げる。そして、その勢いのまま振り上げた。
――ガキィィィイン――
金属と金属が激しくぶつかり合う音が響く。
私の戦杖の打頭部と襲撃者の持った刃物が衝突し合ったのだ。
「来たわね!?」
とっさ左手を戦杖のシャフトの中程へと添えるとそこを支点として右手で戦杖の握りの部分を繰り出して敵を打撃する。
――ガッ!――
敵が攻撃の手を緩めたのをとっさに察して、今度は右手と左手を入れ替えて、引いていた打頭部を下から上へと繰り出し敵の胴体を打ちのめす。
さらに両手を入れ替え、再び握りの部分で殴打して、敵が距離を取ろうと身を引いたのを私は逃さなかった。
――ブオッ!――
右手で握りの部分を引きながら、先端の打頭部を振りまわして襲撃者を強く打ち据える。敵は頭部を打撃されて昏倒していた。
薄暗闇にようやく目が慣れ始めていた。そして、自分の身の回りに存在する者たちの姿をようやく捉えた。
「殺」
「殺殺!」
闇夜に紛れやすい焦げ茶色の装束に革製のマスクをかぶった暗殺者たち――
それが4人ほど、周囲の建物の屋上から、そして物陰から姿を垣間見せている。
そのマスクの中で明らかに異国の言葉でしきりに威嚇している。殺意を声にしてこちらを恐れさせようとしているのだ。
彼らは私を〝小娘〟だと侮っているのだ。
私は言った。
「お生憎、これでも戦闘経験もあるし敵兵は何人も殺してきているの! あなたたち程度に恐れをなす私ではない!」
愛用の戦杖の握りを強く握りしめると、8の字を描くように振り回してみせる。
――ブォッ――
そして、錐揉しながら両足で飛び上がると、身を翻し再び戦杖を周囲を全周させるように振り回す。私のスカートの裾が翻り、私は左足をかがめ、右足を大きく突き出しながら地面へと降り立つ。
――ダンッ!――
右手に握った戦杖は、肩越しに背中に担ぐかたちで逆手に構える。
そして、周囲を鋭く睨みつけると私は叫んだ。
「王八蛋!」
彼らのつぶやく声のニュアンスから、かつてフィッサール連邦の西方領内に行った時に見聞きしたフィッサール人の固有の言葉の特徴を感じ取っていた。少しの推測をはらみながら、私はフィッサールの言葉で最大級の侮辱を声にして叫んだのだ。
「贱人!」
「殺ーーー!」
反応は明らかだった。
同様にフィッサールの言葉と思われる威嚇の言葉で叫んだのだ。彼らは底なしの殺意を放っていた。私の侮辱に真っ向から怒りを顕にしたのだ。
だが――
「正体見たり!」
――その正体が見えた。そして私の中で事件の謎のパズルのピースが少しづつ組み上がっていく。
私は勢いよく立ち上がると右手で戦杖を振り回しながら走り出した。
「覚悟!」
今こそ災いの種を刈り取る時――。このメルト村の真っ只中でも戦いが始まったのだ。
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