突然の勧誘を下品な笑顔で切り出したかと思えば、笑みを消して冷酷な顔でゴアズへと告げた。
「退路は塞いだ。たった8人でどうにかなると思うのか? とっ捕まって口封じに合うのが関の山だ。あのデルカッツの旦那なら絶対やるぜ」
それは確信をもって告げられた。それはなによりも、彼らがデルカッツという男を崇拝しているのに等しいものだ。デルカッツが失敗し敗北することなど考えてすらも居ないのだ。ボルコフはなおもゴアズへと告げる。
「だがお前は、この圧倒的不利な状況で自ら足止めを買って出た。死ぬかも知れねぇと言うのによ。それほどの漢をこれだけの人数でなぶり殺しにするのは忍びねえ」
そしてボルコフは右手に握っていた一振りの牙剣の切っ先をゴアズの方へと向けながら告げた。
「最後の選択だ。決めろ」
圧倒的優位にあると信じて疑わないボルコフはゴアズを睨みつけながら答えを待っていた。それは僅かなりともこの男がゴアズの決断と行動を評価していることに他ならなかった。
微かな沈黙が流れる。
そして、ゴアズから答えの代わりに告げられたのは、彼自身の暗い過去だった。
「あなた方は、自分の仲間たちが一人残らず死んでいた事はありますか?」
声は返ってこない。ゴアズは続ける。
「戦場で大敗北し、かろうじて救出され、生死の境を何日も彷徨った。失われていた意識が戻り、目が覚めたときに告げられたのは――300人の大部隊で299人が死亡。生き残ったのは私のみという事実。それを理解するのに2ヶ月かかりました」
そう語るゴアズの表情は冷え切っていた。淡々とした言葉が続く。
「だが理解はできても受け入れられるわけがない。それから来る日も来る日も、仲間の後を追うことだけが頭をよぎっていた、その方が楽になると。しかし――」
ゴアズは両手の牙剣――天使の骨を握り直した。己の決意を示すかのように。
「心の中の何かが私を引き止めた。死ぬなと、そちら側に行くなと、そう――〝私にはまだやる事がある〟と」
ゴアズの足は歩みをすすめる。
「軍を退き、すがるように傭兵になり、死にものぐるいで戦場を駆け回る日々の中で私の目を覚まさせてくれたのは、私が命を救ったある少女の一言でした。そう――」
ゴアズが足元を踏みしめる。砂利を踏む音が響いて彼の声が広がった。
「〝ありがとう〟と」
ゴアズの顔に笑みが浮かんだ。
「それにあの可憐な隊長が言うんですよ。死に場所を探すなと! 死んでいった仲間たちが私に何を願っていたのか考えろと! 私の中の迷いは完全に晴れました」
その笑顔のままでボルコフ率いるゴロツキたちへと視線を投げた。
「私はね、守りたいんですよ。この国の人々を! 名もなき人々を! たとえ自分がキズだらけになったとしても! 今までもこれからも! その事に一点の曇りはない!」
裂帛の叫びが響いた。そして、ゴアズはボルコフを睨みつけながら告げた。
「だが、あなたは私になんと言いました?」
唐突な問いかけにボルコフは声をつまらせた。彼の答えを待たずにゴアズは突きつける。
「貴方はこう言いました、『街や村の連中も何も言えねぇ。金をせびって女を拐かしても誰も何も言ってこねぇ』と!」
――ザッ!――
ゴアズは足元を強く踏みしめる。己の中の怒りを吐き出すように。
「つまりあなた達を〝皆殺せ〟ば、このアルガルドの領民たちを守る事ができるわけだ」
ゴアズが吐いた言葉の意味を、ボルコフたちは理解していく。それが死の宣告であるということを。
ボルコフも武器を握り直しながら言い返した。
「本気かてめぇ」
その言葉が呼び水となり、控えていた私兵たちも戦闘準備を始めた。
「私は嘘は嫌いです」
ゴアズのその声にボルコフは言う。
「男気のあるやつと思ったら、偽善の死にたがりか」
私兵たちが牙剣を握り直していく。さらに弓がつがえられていく。その光景をゴアズは冷ややかに見つめながら言った。
「誤解があるようなので言っておきますが。私は死にたがりでもなければ、無謀でもない。殿として残留したのは一人だけで残った方が自らの戦い方のためには好都合だったからです」
そう告げながらゴアズは前かがみになりながら両手の牙剣握る腕を胸前で交差させる。
「あの可憐な隊長に血なまぐさい姿を見せたくないのでね」
そう語るゴアズの目は〝血走っていた〟
読み終わったら、ポイントを付けましょう!