堂々と名乗った私の声を聞いたカウンターの事務員の女の子が答える。
「ご苦労様です、ただいま支部長を呼びますので少々お待ちください」
そう答えるのと同時にギルド事務局建物の奥から気配がしてくる。支部長のワイアルドさんだ。
杖を頼った独特の足音。建物の外から聞こえてくる喧騒を耳にして自分のオフィスから出てきたに違いない。
「何事だ」
「あっ、支部長」
「ルストさんたちがご帰還です」
「なに?」
そう答えつつ私たちの顔を見るなりワイアルド支部長は複雑そうな顔をした。驚きと苛立ちと困惑と、そして無事に帰ってきたことへの安堵が滲み出ていた。
「やっと帰ってきたか」
私は力強く答える。
「はい!」
その声を聞いて支部長は苦笑しつつ答える。
「俺の部屋に来い。改めて報告を聞こう」
「了解しました」
そんなやり取りを経て支部長は一階奥の支部長室へと向かった。私たちはカウンターの脇を回り込むと支部長室へと直行する。
よく使い込まれた木の扉を押し開いて8人全員で中へと入っていく。支部長は自分の席にすぐに腰を下ろしていた。
「来たな? まずは報告を聞こう」
私は代表して答えた。
「はい。エルスト・ターナー以下7名、西方辺境領ワルアイユより無事帰還しました。出発前にギルドから拝領していた任務内容がそもそもが実際しない虚偽任務である事が現地にて発覚、私たち自身も敵に襲撃される状況にありました」
「そうか――」
「ですが!」
私はワイアルド支部長の声を遮った。
「赴いた先のワルアイユ領は、長年にわたり隣接領地であるアルガルドから執拗な妨害を受けており、領地運営は困難、しかも領主暗殺の現場に遭遇、領民たちも生活の維持が限界の状態にありこれを放置して帰還することは不可能と考え独断の行動選択ではありますが、現地領民と領主息女のアルセラ候を補助して、ワルアイユ領の統率を維持することに成功。
また、フェンデリオル正規軍内部に存在した謀略集団の策略により、ワルアイユ領が強制制圧される恐れがありましたがこれをなんとか回避、さらに西方国境領域へと脱出。敵国トルネデアスの侵略部隊と遭遇、ワルアイユ領、市民義勇兵部隊と、西方司令部憲兵部隊と、大規模招集された職業傭兵集団を、糾合することに成功。対トルネデアス抵抗軍へと再編成し、これを指揮してトルネデアスの撃退に成功。
さらに謀略の実行指揮役であったアルガルド領主のもとへと突入、これの討伐に成功。しかる後にワルアイユ領の復興と、領主地位継承の支援をし、ワルアイユ領の今後の運営の道筋を立て、救済行為の完了を確認し西方司令部のワイゼム大佐率いる憲兵部隊の皆様とともにブレンデッドまで帰還を果たしました!」
そして私は敬礼をしながら締めの言葉を告げた。
「報告は以上です!」
一気呵成に語り切る私に、さすがの支部長も呆れ顔をしている。
私の背後でダルムさんたちが肩を震わせて笑いを押し殺していた。
「お前たちは何か付随する報告事項はあるか?」
支部長がそう尋ねるが彼らはにべもなく答えた。
「特にありません。隊長がみんな話してしまったので」
ことここに来て、支部長もやるかたなしといった感じだった。
「わかった、わかった! 詳細の報告は報告書をあげてもらう。今回の事態は我々傭兵ギルド上層部の完全な失態だ。正規軍司令部内部で行われた謀略を完全に見抜けなかったわけだからな。それに関して今後の検討材料として君たち全員の的確な情報提供が必要となる。多少時間がかかかってもかまわん。詳細な報告書を各自作成して提出してくれ。その際に私に直接に出すように。いいな?」
私たちは一斉に答えた。
「了解です」
そして、支部長はさらに告げる。
「それから今回の虚偽任務へと向かってしまったことについてだが、上層部と検討した結果、これの責任については当事者には一切不問とすると言う採決がなされた。今回の件で罪に問われることはないので安心してくれ」
その言葉にドルスがぼやいた。
「当然でしょ? 中央司令部本部のど真ん中で、公式書類を責任者本人が偽造するんじゃ普通は見破れませんぜ」
「そこまで言うな! 悪いのはわかってるよ。ギルドの上層部が正規軍総本部に対して抗議の意思を表明している。それで勘弁してくれ」
そう困惑ぎみに答える姿には、支部長が私たちを守るために奔走していたであろうことがよくわかるのだ。
「ありがとうございます」
「おいおい、礼を言うにはまだ早いぞ」
「えっ?」
私が漏らす驚きの声にワイアルド支部長は言った。
「君たちには正規の俸禄が払われ、それに加えて特別報奨金が支給されることになった。これは主にトルネデアスの侵略行為を撃退したことと、陰謀の首謀者であるデルカッツ勢を討ち取ったことへの、感謝の意思だと理解してもらいたい。いいな?」
支部長の語る言葉に私たちも頷かざるを得なかった。
「ありがとうございます。ありがたく受け取らせていただきます」
私の言葉に皆が続いた。一斉に了解しましたの声が聞こえてきた。
それを確認して支部長は言った。
「会計課に行って支払われる俸祿について確認してくれ。それを持って解散とする。俺からは以上だ」
その言葉を受けて私たちは一斉に敬礼で返した。
「了解しました」
そして私は指示を出す。
「それではこれにて一旦解散とします」
ドルスが気だるげに言う。
「お疲れ様です」
パックさんも頭を下げながら言う。
「それは私はこれにて」
次いでダルムさん。
「お疲れさん。後でゆっくり飯でも食おうや」
そう語りながら私の肩を叩いて出て行く。
「失礼いたします」
そう揃った声で退出していくのは元軍人組の3人。
最後に残ったのはプロア。
「それじゃ俺も行くぜ。それとシミレアの兄貴のところにも行くんだろう?」
シミレア――、私が常々世話になっている武器職人だ。
「えぇ」
「それじゃあ一緒に行こうぜ」
「わかったわ。それでは支部長」
私はそこまで言った時だった。
「ああ、ルストお前はちょっと待て。少し残れ」
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