わたしたちが居た傭兵の街ブレンデッドから東へと行程で4日ほど行った所に大きな街がある。
――西武主要都市ミッターホルム――
中央首都から4日ほどの所に存在し、フェンデリオルの西方辺境への入口となる街だった。
そして、フェンデリオル最大規模の地方司令部である西方司令部が存在している街でもあった。
そこに私たちの預かりしらない所でかわされている会話があった。
その会話の主は――
西方司令部作戦司令部ガロウズ・ガルゲン
――中佐という階級の司令部第2部長をしている。
彼は会話をしていた。軍人らしからぬ人物と――
それは私たちが出立した日の夜のことだった。
† † †
暗褐色のレンガ造りの庁舎――そこに西方司令部はあった。
その建物の中の作戦執務室に二人の人物が待機していた。
ガロウズ・ガルゲン少佐、そして彼と対峙している一人の女性――
二人はその手に赤酒の入ったグラスを手にしながら、革張りのシートに腰掛けて居た。
女はフード付きのマントコート姿で、その中は漆黒のドレス姿で明らかに軍人ではなかった。
黒髪に白い素肌。赤く引かれた口紅が色濃く映えていた。酌女とも花街女ともとれなくも無いが、放っている気配が格下のそれではない。上流階級の貴族・侯族、高級商館の女性オーナー、あるいは闇社会の幹部級――
対峙する男は軍服姿。それも上士官クラスが身につけるもので、肩章と胸の略章の星の数がその格を物語っている。
細面で鋭い目つきに手入れが行き届いた顎髭が印象的だった。
「やっとシナリオが始まったな。ニゲル」
男が女の名を呼ぶ。女は苦笑しつつ返答する。
「その名はやめてくれない? 二つ名の〝黒猫〟で通してるの」
「それはすまなかったな」
ガロウズはニゲルへと詫びた。
「それより――ガロウズ少佐、例の査察部隊、イレギュラーがあったそうじゃないの」
男はガロウズと呼ばれた。階級は少佐、この執務室の主だ。革張りの肘掛け付き椅子に持たれながら答える。
「隊長役がな、想定していた爺さんではなくなったそうだ。何でも17歳のガキで女だそうだ」
「なにそれ?」
ガロウズの言葉に黒猫は不愉快そうにする。想定していた事が通らなかったのが不満なのか、女が隊長役となったのを揶揄されたのが不満なのか――、ガロウズは卓上の資料から一枚の身上書を取り出し黒猫へとわたした。
「これだ。エルスト・ターナー、隊長職を執行可能な2級傭兵だ」
それを受け取りながら黒猫は訝しげに眉をしかめた。
「2年前に傭兵に――その1年後に2級昇格――たった1年で?」
その身上書に記載されていた数値に黒猫は驚きを隠さなかった。
「当時の事を探らせたが、筆記試験は完璧、模擬戦闘試験では並み居る2級志願者をまとめ上げて卓越した指揮をとっていたそうだ。まるでこなれていたかのようにな。審査官も彼女の経歴が気になったそうだがフェンデリオル北部の山岳地帯の出身と言う出自に間違いはない。身分詐称の証拠も出てこない。2級資格を却下するいわれは無かったそうだ」
「それで外せなかったの? 人選から?」
「あぁ、哨戒任務でもそつなく隊長役を熟したと言うし、問題のある年上の3級傭兵を見事にいなしたそうだ。他の隊員からも彼女を外すことに意義が噴出してな、意見を飲むしか無かったそうだ」
「そう――それじゃ例の7人は」
「予定通り」
「ふうん、分かったわ。〝あの方〟へ知らせておくわ。それよりあの文書は?」
黒猫はガロウズの説明に承知がいったようだった。話題を変えてガロウズに問いただした。
「わたしの手の中にある。証拠案件として西方州政府の了解もとっている」
「くれぐれも外部流出させないようにね。今回の作戦の〝肝〟だから」
「分かっているとも。早期に関係機関に提出してボロが出るのは避けたい。ここぞと言う時に提出するさ。それより――」
ガロウズは空になったグラスをテーブルに置いて言う。
「〝あの連中〟との約定は間違いないのだな?」
黒猫は酒の入った大瓶を手にしてガロウズのグラスに注ぎながら答える。
「えぇ、そのへんは任せておいて。連中の考え方は分かっている。絶対に裏切らせないわ」
「失敗すれば私もお前もあの方もただでは済まない」
不安を口にするガロウズに黒猫は言う。
「あら。案外気が小さいのね」
それは皮肉。だがガロウズは一笑に付した。
「慎重と言ってほしいね」
「そうね。軽率な男よりは安心できるものね」
そしてガロウズにグラスを勧めながら、黒猫は言う。
「飲み直しましょう。西方の辺境へと向かう途中の傭兵に乾杯しながら」
「そうだな、彼らの運命を案じずにはおられんよ」
「それ、本音?」
黒猫は皮肉交じりに告げた。ガロウズはニヤリと笑うだけだ。
黒猫のグラスにガロウズが注ぐ。そして二人とも再びグラスを手にした。
「計画の成就と、西方領の運命に――」
「乾杯」
二人はグラスを打ち付け合う。
夜の西方司令部の庁舎の一角に、グラスを打ち付ける音が響いていた。
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