そこはフェンデリオル国境よりさらに西方の砂漠領域だった。
そこを進軍しているトルネデアスの軍勢がある。
軍列の中に威圧行動用の戦象の姿がある。それを引き連れてひたすら東へと進軍し続けている。
砂漠越え用の駱駝部隊を中核に、様々な部隊が軒を並べており、その総数は700人規模である。
そもそも、トルネデアスの軍勢が砂漠超えをするときは3つの進軍路がある。
砂漠でも環境の厳しくない北部山岳に近いあたりを迂回するルートと、
南岸の海沿いに近い領域を街沿いに進軍するルート、
そして、砂漠の真っ只中を点在するオアシスや水源地帯を経由しながら進軍する最短ルートだ。
その軍勢が辿っているのはオアシスや水源地帯を経由するルートだ。
安全性よりも時間の方を優先したのだ。
その軍勢の中央の駱駝部隊の一つに乗っている軍装姿の男が居る。
――アフマッド・セメト・カルテズ将軍――
トルネデアス最前線基地第2指揮官にして第7将軍とされる男だ。そのふてぶてしい風貌からは乱暴さと押しの強さが感じられる。その将軍に駆けつけて来た兵士が伝言をしてくる。
「将軍! アフマッド将軍閣下!」
「なんだ」
「戦列最後方より伝令です」
「言え」
「はっ! 戦列後方より集団の接近が確認されているとのことです!」
「集団だと?」
「はっ!」
「おそらく第1将軍のカムランだろう」
駱駝の鞍の上から見下ろすように伝令の兵卒へと下命する。
「大方、ワシのやり方が生ぬるいとか申しておるのだろうよ。ワシがフェンデリオルの山ねずみどもとやり合い始めたら、後方から接近して強引に合流し戦列を強化するつもりなのだろう」
「では?」
「捨ておけ。加勢は加勢で利用させてもらう。なにしろこちらは山ねずみどもとの密約を破れんのでなぁ。しかしだ――密約にないものが勝手に加勢したのであれば利用しない手はない。後方をしっかりと確認しておけ、なにか動きがあれば即時伝えよ」
「はっ!」
その返答を残し、伝令の兵士は後方へと戻っていった。
アフマッドは傍らに控えている、副官にして上級武官のザイドに告げる。
「ザイドよ」
「はっ」
「先頭から見える位置に押し立てる戦象は2頭にせよ。あとから勝手に増やされた4頭は後方に下げて隠しておけ」
「承知しました。戦闘が始まり次第、前線に押し出すのですね?」
「そのとおりだ。戦象の運用采配はお前に任せる」
「ありがたき幸せ!」
そして戦列の前方には、フェンデリオル西方部の山々の緑が見えてきていた。
「見えてきたぞ。山ネズミどもの巣が! 到達まで残り1日と言うところだな」
さらなる別の上級武官のバドゥルへと声をかけた。
「バドゥルよ」
「はっ」
「フェンデリオルとの国境線への到達を翌日の日の出過ぎに合わせよ。夕刻早めに小休止を取り、日の出前に進軍を再開する」
「承知しました」
「頼むぞ」
そう告げるアフマッドの顔には残酷そうな笑みが浮かんでいた。
「密約はあくまでもフェンデリオル側の反乱部隊を威圧して下がらせるときまでだ。それが済んだら密約など無用だ」
「では? そのまま前進するのですか?」
「無論だ。徹底的に踏み込み、奪えるだけの領地を奪い取る。打ち負かした山ねずみの土民共は奴隷として生け捕りする」
「当然ですな? 将軍閣下。ちなみに美麗な女どもは?」
「捉えてそのまま、皇帝陛下への献上品とする。後宮にでも献上すればさぞお喜びになるだろう。兵士共にも勝利の暁には乱取りを許可すると申し伝えよ」
「それは素晴らしいお考え、戦列の勢いがさらに増すことでしょう」
「当然だ。『勝った者だけが神の祝福を得る』と言うではないか」
「聖典に記された一節ですな?」
「そうだ。お前も成果をあげよ」
「御意」
神の怒りを買いそうな会話がなされていた。だがそれをたしなめる者は居ない。
彼らはトルネデアス――砂漠の軍勢。
彼らの進軍は東へと続いていく。
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