そこはワルアイユとアルガルドの国境から、北西へ3シルド(約13km)ほど離れた山間にある古城だった。
かつてはフェンデリオルの正規軍の兵卒や士官達が国境線防衛のために日夜任務のために努めていた。だが戦局の変化と国境線が押し戻され戦闘地域がさらに西へと後退したことで、山深い場所にあるその軍事基地は意味をなさなくなった。国から民間へと土地ごと払い下げられ、人から人へ名義が移って行く。そして最後にたどり着いたのが、今の所有者のところだった。
――アルガルド領主デルカッツ・カフ・アルガルド――
それが今の持ち主の名前だった。
彼はこの砦を大改装し自らの居城と変えた。
贅を尽くして資金を投入し自らの理想にふさわしい大伽藍の宮殿へと姿を変えさせたのだ。
ラインラント、そう呼ばれるその城は今や、デルカッツが人目を避けて隠れ悪事を働くための隠れ家的存在に変わり果てていた。
鬱蒼とした山間の道をひたすら進んで行けば、谷間の場所へと進み出る。
そして石造りの橋を渡り馬車の停車場を兼ねた入り口前広場に到達する。城は急峻な斜面を無理やりに切り開いて造られており、その構造と間取りは奥に細長い。
入り口となる城門館が来訪者を待ち受けている。
そして、政務室にて領主としての政務に勤しんでいる一人の男の姿 があった。
〝デルカッツ・カフ・アルガルド〟
それが彼の名である。デルカッツは今、羽ペンを手に書類をしたためている。
そんな彼の元へと一人の男がやってくる。
ドアがノックされて許しを求めている。
「入れ」
重く低くよく通る声で発せられた声に扉越しに謝意を表す。
「失礼いたします」
そう告げて入ってきたのは初老の男だった。
「ラルドか?」
「はっ」
入室してきたのはハイラルド・ゲルセンと言う男だった。かつてワルアイユの領主のもとで代官をしていた。しかしその正体は推して知るべしだ。
「草の者からの報告です。西方国境戦での結果が入りました」
「そうか」
〝草の者〟とは内通者や密偵のことを指す。この場合、西方国境での戦闘に参加していた者たちの中にデルカッツの息のかかった者が居たということだ。その人物から極秘の通信を受けたということだろう。
デルカッツはわずかに沈黙すると言葉を続けた。
「話せ」
「はっ、トルネデアス軍は敗北、先陣を切った第1軍は壊滅し指揮官は捕らえられ、第2軍は損害を警戒し、早期に撤退したそうです」
「フェンデリオル側は?」
「被害は僅少、死者は出たものの通常戦闘では想定内、事実上、フェンデリオルの圧勝です」
デルカッツは更に問う。
「それでそのまま撤退し引き上げたのか?」
「いえ、約7名ほどが離脱しこちらへと向かったそうでございます」
「そうか――」
ハイラルドからの報告を耳にしてデルカッツは微かにため息をついた。何かを覚悟したかのようだった。
「主だった者を呼べ」
「はっ」
「玉座の間だ」
「かしこまりましてございます」
そう言葉を残してデルカッツは立ち上がると執務室から出ていく。向かったのはこの城郭の一番奥の間になる〝玉座の間〟だった。
それから少しして、邸宅の一番奥、2階と3階の吹き抜けとなる大空間である玉座の間に数人の男たちが集まっていた。
一列横隊になりかかとを揃えている彼らの前には、階段がありその上に玉座が据えられている。そこに腰を下ろして居るのはその玉座を自ら据えたデルカッツだった。
肘掛けに肘を付き、そこに顎を乗せている。まるで一人の王を演じているかのようなその所作にはこの男の願望がにじみ出ているようだった。
玉座の間の入口の扉が開く。最後に玉座の間に現れたのはデルカッツの側近のハイラルドだ。
「領主様、全員揃いましてございます」
「ご苦労」
そう、慇懃無礼に応えると玉座の上から見下ろしつつ続けた。
「者ども、これまで我に付き従ってくれて大義であった。礼を言う」
〝礼を言う〟その言葉に場がざわめいた。それに対してデルカッツは言う。
「静まれ、話の途中だ」
その一言で一気に静まる。
「西方平原での戦闘がフェンデリオル側の勝利で終わった。しかも圧倒的大差での勝利だと言う。敵軍の司令官も捕虜となった。いずれ自白がされるのも時間の問題だろう。西方司令部のガロウズ、中央本部のモルカッツもいずれ捕らえられるだろう」
デルカッツは現状を語り始める。
「さらには、黒猫こと〝ニゲル・フェレス〟とも連絡が取れん。やつが率いてきた仮面の男たちも何処かへと消えた。時局を読み切り撤退したに違いない。我々を生贄としてな」
その事実を告げた後にデルカッツは自らの思いを口にした。
「アルガルドはこれで終わりだ」
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