「やはりそうであったか」
そう憤然とした顔で言葉を漏らすのはワイゼム大佐だ。
「あまりにも話ができすぎていると思った。証拠の段階から仕込まれていると考えれば、過剰に自信ありげな態度にも説明が付く」
そして私は、憲兵部隊を率いているというエルセイ少佐に言う。
「その偽造証拠についてですが、しかるべきところに提出したいと思います」
「それであればお任せください。中央司令部のソルシオン将軍に付託させていただきます」
――ソルシオン・ハルト・フォルトマイヤー将軍――
フェンディオル正規軍中枢幕僚本部の中でも、一般市民に対して最も理解があると言われている人物だ。かつて軍学校時代に幾度もお声掛けをしていただいたことがある。そのため彼の人柄は知っている。あの人なら間違いなく信頼できる。
「お願い致します。これがその証拠となります」
私がそう告げながらプロアさんから託された証拠書類の数々を懐から取り出してエルセイ少佐へと渡す。
私の傍らで補足をしてくれたのはプロアさんだ。
「証拠となる書類は二つある。一つが印章を盗用し花押を偽造した【ミスリル鉱脈の流通にともなう偽の資材搬出命令書】もう一つが不正横流しミスリルのやり取りを馬鈴薯にたとえた暗語による【トルネデアスの第7将軍のアフメッドってやつとの往復書簡】」
そして彼は私をかばうように告げた。
「ちなみにそいつは西方司令部の庁舎のガロウズの執務室から俺が直接パクってきたやつだ。あくまでも俺の判断だ。うちの隊長の指示じゃないからそこんとこよろしく」
ここに来てプロアさんは思わぬ責任が私へと及ばないように気を使ってくれたようだ。だが、そこはまっとうなものの考え方のできる彼らだ。心配は無用だった。
「ご心配なく。証拠の出所は問いません。我々も正規軍内部の獅子身中の虫を駆除できるのであれば多少の小異は目をつぶります」
そう答えるエルセイ少佐にワイゼム大佐が続ける。
「この証拠は我々が有効に活用させていただきます」
「よろしくお願いいたします。
ちなみに現時点で判明している関連人物は――
ワルアイユ家専属代官ハイラルド・ゲルセン、
中央司令部地方査察審議部部長モルカッツ・ユフ・アルガルド、
そしておそらくはワルアイユと領地が隣接しているアルカルド本家にも深く関与している人物が居ると思われます」
私が指摘した人物の名前に彼らは深く頷いていた。エルセイ少佐が言う。
「ならば我々からもあらためて正式に依頼したい。我々がこちらに参集したことで指揮権を喪失したガロウズ少佐が逃走を試みるはずです。これを追跡し身柄を押さえていただきたい」
その言葉にプロアは頷いた。
「もちろんだ。確実に仕留めてやるよ」
プロアが言い放った言葉にワイゼム大佐も苦笑いしている。
「勢い余って殺さないようにな」
「もちろんだ。死人に口無しだからな」
つまり自白証言が得られない状況は望ましくないのだ。
「じゃ、行ってくるぜ」
そう言葉を残しながら首に巻いていたスカーフを巻き直し、口元を覆い隠す。そしてステップを踏んで走り出しながら精術武具の作動の合図となる聖句を詠唱した。
「精術駆動! ―飛天走!―」
軽やかなステップの後につむじ風を纏いながら彼は飛び去っていく。彼の能力ならガロウズを間違いなく捕らえてくれるだろう。
飛び去るプロアのシルエットを眺めながらワイゼム大佐はつぶやいた。
「あれは〝アキレスの羽〟」
「ご存知なのですか?」
「あぁ、あの精術武具の〝本来の所有者〟についてもな」
それは言外にプロアの素性をそれとなく知っているという意味に等しかった。
「かような土地で戦いに身を投じていたとはな……」
感慨深げに呟いたその言葉が私の胸に深く印象を残していた。
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