「アルセラ、本作戦でのあなたの役目について伝えるわね」
私のその言葉にアルセラが耳を傾ける。沈黙をもって私を見つめてくる彼女へと告げる。
「あなたの本作戦での役割は〝囮〟となることよ」
「おとり?」
「そう――、いい? よく聞いて?」
私は傍らにアルセラを引き寄せながら遥か彼方の敵軍を指差しながら告げた。
「はるか向こうに見えるのが私たちが立ち向かうトルネデアスの戦列よ」
アルセラが頷く傍らで私は続けた。
「私達が勝利するには短時間で一気に敵の第1陣を殲滅する必要がある。しかし、真っ向からぶつかりあったのでは多大な損耗は避けられない」
「ではどうすれば?」
「良い質問よ。そのためにも敵の動きをこちらの意図する方向へと誘い込む必要があるの。敵側に個別撃破をさせないためにもね」
複数の異なる人々の集合体であるフェンデリオル軍は細かな部隊の集合した物になりやすい。そのため、連携行動がうまく機能すれば強いが、逆に弱い部分を集中的に攻められると個別撃破で討ち取られることになりかねない。だからこそだ――
「そのためには敵に〝ここを攻めれば勝てる〟と言う急所を誤認させる必要があるの」
私の話を聞いて話の要点に気づいたらしい。アルセラは真剣な顔で答えた。
「その急所と思わせるところこそが、この象と〝私〟なのですね?」
「そのとおりよ」
攻略対象である領地の領主が戦場に参陣している。しかも、本来は戦場では運用は不利な〝象〟に乗って――
この戦象はそもそもトルネデアスが用意したものだ。有利な点も不利な点も解っているはずだ。本来は戦闘には向かず、非常に臆病だということも。
「戦場で敢えて目立つことで、中央突破が一番効果的と誤認させる――そこを逆に利用するの。そのためにもあなたはより目立つ所に居なければならないの。この象の背中の上でね」
それが無論、一番危険な役割だとういこともすぐに分かる。敵兵からの狙撃などにより直接攻撃される恐れがあるからだ。だが――
「分かりました」
――アルセラは怯えもせずにそう答えてくれた。さらには同席している通信師の彼女にも告げる。
「あなたにも活躍してもらうからね。指揮官付属と言うことで全体への通信の采配をすることになるから一番忙しいけど勝敗を左右する部分だから慎重にね」
「はい、お任せください」
そう答える彼女の顔には一片の迷いも浮かんでいなかった。
そして、象の足元付近にて待機している、ワイゼム大佐とエルセイ少佐にも声をかける。
「大佐殿、少佐殿、中翼に配属された正規軍兵の統率、よろしくお願いします」
軍兵の管理統率はやはり同じ軍内部の人間に任せるのが最も無理がない。その意味ではこの二人なら安心だろう。大佐と少佐が真剣な表情で答えた。
「承知した、良い采配を期待するぞ」
「ともに、ご武運を」
敬礼でその意志を示す二人に、私も象の背の上から敬礼で返礼した。
そして、大佐と少佐の背後には正規軍人の方々が、彼らのあとに続く。職業傭兵や市民義勇兵とは異なる統一されたユニフォーム姿の一団――
フェンデリオル正規軍の軍服姿は、鉄色と呼ばれる濃緑色のフラックコートに白のベスト、さらにレギンス形式のズボン。ひさしの付いたケープハットと防具としてのレザーヘルムを装着する。帆布とよばれる丈夫な布地で作られており、優雅さ美しさと質実さが備わっている。
彼らは〝要〟――全く異なる人間たちの集合体であるフェンデリオル軍の中核となり、人々を導く存在だ。その彼らも大佐と少佐に続いて私へと敬礼を送ってくれていた。
彼らはあらゆる理不尽を振り切り、この国境防衛戦に参集してくれた。その心意気と誠実さがなによりも嬉しかったのだ。
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