「さすがだな。お察しの通りだ」
そう答えると大佐は軍服の内ポケットから一通の書面を差し出した。白紙の便箋に直筆で何かが書いてある。私はそれを受け取りながら目を通す。
「これは?」
「昨夜起きた騒動の主だったものの一覧だ」
そこには実に様々な騒動が列挙されていたのだ。
「こんなに――」
私は絶句せざるを得なかった。
――――――――――――――――
・アルセラ候挨拶妨害2件
・狙撃1件
・喧嘩騒ぎ1件
・痴漢行為1件
・会食料理異物混入1件
・会食料理毒物混入未遂1件
その他、小規模な小競り合い数件
――――――――――――――――
その中で私が特に目を引かれたのがある。
「毒物混入?」
私の驚きの声に大佐は言った。
「そうだ」
一切の迷いのない声。そこに事態の深刻さを感じずにはいられない。
「どういうことですか? 仔細を教えてください」
「うむ」
大佐は私の求めに頷きながら答えてくれる。
「読んで字のごとしだ、会食料理に猛毒を混ぜようとした者がいた。事前に防がれ毒物は混入されることなく解決された」
大佐は冷静な表情で言葉を続けた。
「実行犯は騙されて薬物混入の役目をさせられたらしい。依頼人からはただの抗酒剤だと教えられたそうだ」
「抗酒剤?」
「酒中毒の人間に飲ませる矯正治療薬で、酒に反応して腹痛や嘔吐を引き起こすものだ」
「そう偽ってから危険な薬物を持たされたと」
「そのとおり。簡易的な分析の結果。トリカブトとリシン毒の混合物でした。無味無臭で気付きにくいため。混入に成功していればどれだけ甚大な被害が出ていたのか見当もつきません」
「おっしゃる通りです」
大佐の警告はそのことではなかった。
「問題はこれらの妨害行動の指示を下したものたちが複数存在していた。ということです」
つまりそれは――
「かなりの数の政治的実力者や権力にゆかりのあるものが介入していたということですね?」
「おっしゃる通りです。更なる黒幕がいたのは間違いないが、確実に結果を出すために複数のルートで今回の妨害行動の指示を下したのでしょう」
私はため息を吐きながら続ける。
「それだけ誰も信用できないということでしょう」
大佐は言った。
「単なる嫌がらせや、信用を失わせるための揉め事を引き起こす程度なら、軍警察や憲兵部隊を動かすこともない。当事者におしおきをした程度で終わりでしょう。ですが、優れた殺傷能力を持つ毒物の混入となれば訳が違う。騙されて未遂で終わったとはいえ殺人は殺人です」
「では――」
おそらくは中央政府筋の刑事事件関連が動くことになるのだろう。
「もはや見過ごすことはできません。一体誰が毒物を用いようとしたのか突き止めねばなりません。すでにその尋問と裏付け調査は始められています」
「わかりました。そちらの方はよろしくお願いいたします」
だがそこで私はふと疑問を抱いた。
「ちなみに実行犯に仕立て上げられてしまった方は?」
「この界隈の元地方領主の方でした。かつて手放した領地の再取得を支援してやると言われて加担してしまったようです」
「当然、殺傷力のある毒物だとは知らなかったのでしょうね」
「はい。しかもその方はルスト隊長の仲間であるギダルム氏の旧友だったそうです。罪に問わないようにと懇願されたようですが、殺人未遂となるとそうは参りません。しかも、これだけ大規模な催し物の席で引き起こされた事件です。身柄を押さえないわけにはいかない」
ダルムさんは友達のことを思いばかってそのような依頼を口にしたのだろう。だが事件の深刻さの度合いが違う。
「おっしゃる通りです。大量殺人未遂となれば最早司法取引も通用されません」
ダルムさんの胸中を思えばこれほど辛いことはないだろう。そして何よりこういう結果を招いた真の黒幕の悪辣さ・愚かさが何よりも腹立たしかった。私は怒りを抑えて言葉を述べた。
「その実行犯の方も犠牲者の一人なのかもしれませんね」
「その点については私も同意見です」
だそこでもう一つ湧いた疑問がある。
「大佐、もうひとつだけお聞きしたいことが」
「なんでしょう?」
「はい」
私は神妙な面持ちで問いかける。
「事件の首謀者である真の黒幕と実行犯の間には、仲介役を担った共犯者がいるはずです。その際毒物混入を指示した人物がその共犯者だった場合、首謀者は罪に問われるのでしょうか?」
つまりは――
「真の黒幕が『それは私の指示ではない。他の者が勝手にやった事だ』と逃げる口実になりはしないでしょうか?」
いわゆるトカゲの尻尾切りだ。だが大佐は顔を横に振った。
「いいえ。絶対にそうはさせません。事件の真相を確実に暴き出し、然るべき鉄槌をくださねばなりません」
今回のワルアイユをめぐる一連の事件でこれ以上の犠牲者は生まれて欲しくなかった。みんなが笑って笑顔でやっと訪れた平和の時を享受して欲しかった。しかし、そこからこぼれ落ちてしまった人がやっぱり現れてしまったのだ。
人の悪意が生み出す不幸とは本当に際限がないのだ。
「このワルアイユの里がこれからも安心して暮らしていけるように、くれぐれもお願い致します」
私からの懇願に大佐ははっきりと頷いた。
「無論です」
私にはその言葉がとてもありがたかった。自然に右手が差し出される。大佐も自らの右手を差し出してくる。
私たちはしっかりと握手を交わしながら話し合いを終えたのだった。
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