旋風のルスト 〜逆境少女の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方国境戦記〜

美風慶伍
美風慶伍

ゴアズ、離脱

公開日時: 2021年7月31日(土) 21:30
文字数:1,911

 小休止を終えた私たちは一路北へと向かった。

 山がちの道を走り、領地境を越える。鬱蒼とした森林地帯を貫く街道筋をひた走ると、アルガルド領へと入ってすぐに道は二手に分かれた。その分岐点でプロアさんが佇んで待っていた。

 分かれ道の路傍には石に彫られた道標がある。直進すればアルガルド領の中心市街地であるシュイザーシュタットへ向かうとある。左手には別な道が続いているが、そちらの方へは何があるかは道標には記載が無かった。

 プロアさんがその左手の方を指し示しながら言う。


「こっちだ」


 わたしはそれの声に頷きながら皆に言う。


「左へ!」


 先頭を切って左の小道へと馬を進める。道の雰囲気から言って往来のある街道というよりは、森林地帯の奥にある作業場か石切り場にでも向かうような荒れた雰囲気の陰うつな道だった。


「先に行ってるぞ」


 そう言い残しながらプロアさんは再び先へと飛んでいく、後に残された私たちは馬列を組んで左手の道を奥へと進んでいった。

 その森の中へと入ってからしばらく経ったときだ。

 道の周囲は密集した森林地帯で、林業のための伐採の仕事場らしきものが点在していた。そして、木々の間には森林作業者たちが歩いていくための脇道が見受けられる。

 すなわち、森の中へを比較的自由に歩き回れるということを意味している。

 あることに気づいた私は思わずつぶやいた。

 

「まずいわね」


 私の漏らした声にドルスさんが問いかけてくる。

 

「どうした?」

「注意が必要です」

「なに?」


 彼の疑問の声に皆からの視線が集まるのを感じる。私は馬を進めながら大声で告げた。

 

「全員周囲に警戒してください! この道は森林伐採用の作業道に偽装した警戒網の一部です!」


 私のその言葉に皆が気を引き締めるのが分かる。


「この周囲の森林一帯は一見、伐採用の広葉樹の樹林帯のように見えます。そのための作業場や作業道が見受けられますが、それをアルガルド勢が使うことを考慮する必要があります!」


 私のその言葉にダルムさんが反応した。

 

「どうりで、林業のための作業小屋や設備があちこちにある割には、伐採された樹が少ないわけだ」


 さらにカークさんが言う。

 

「伐採しまくって見通しを良くしちまったら、身を隠す偽装にはならねぇからな」

「そう言うことです! どこから敵が現れるか分かりません! 十分注意してください!」

 

 私の指示に皆が一斉に答えた。


「了解!」


 そしてそこからさらに1シルド(約4キロ)ほど走ったときだった。

 周囲の森林の陰鬱さは更に増し、高く生い茂った周囲の樹木が光を遮るようになる。進めど進めど先の見えない道なりに気が滅入り始めた。

 その時だった。

 

――ヒュオッ!――


 風切り音が背後から飛んできた。それは明らかに物陰から放たれた一本の矢だった。

 

――シャッ!――


 とっさに腰に下げた牙剣を引き抜いた者が居る。右手で馬の手綱を握り、左手で牙剣を抜き、馬の速度を上げながら私の脇へと庇って割り込んでくる。


「隊長!」

 

 それはゴアズさんだった。左手で抜いた牙剣を振るうと飛来してきた矢を見事に打ち落とす。だが、矢は一本ではない。

 

――ヒュッ、ヒュッ、ヒュオッ――


 2本、3本と次々に矢は放たれた。それを皆、ゴアズさんは軽くいなして切り落としていく。

 思わず馬の速度を落とした私に彼は一喝した。

 

「止まるなぁっ!」


 穏やかな雰囲気が強い印象に残っている彼だったが、こんな声も出せるのかと驚くような大声だった。だが彼の言葉は続いた。


「馬列の速度を緩めさせて、一斉に襲いかかる魂胆だ! 振り切って走れ!」

「しかし!」

「早く行けぇッ!」


 それは普段の彼からは想像できないような怒号だった。そしてそれは彼が〝殿しんがり〟を務める覚悟だと言うことに他ならなかった。

 私は即断する。胸元を切りつけられるような痛みを飲み込みながら。

 

「全速前進! 疾走れ!」


 そう叫びながら背後を見れば、ゴアズさんが馬から降りて、左右の腰に下げていた二振りの牙剣を抜いているのが見えた。

 彼が微かにこちらを振り向いて満足気に頷いている。私の決断を褒めてくれるかのように。

 敵が何人隠れているかわからない。どれだけの包囲がされているかも想定できない。

 もしかしたら、し――

 だめだ! その言葉は思い起こしてはならない!


 彼は誓ってくれた。死に場所を求めないと。生きてこの国を守ると。そしてこの状況で彼はあの場に留まることを選んだのだ。降りかかる運命に真っ向から立ち向かうために。

 

「ご武運を――」


 そう小さな声を投げかけるのが精一杯だった。

 そんな私にダルムさんが声をかけてくる。

 

「大丈夫だ。あいつの得意技は1対多数の混戦での斬り合い戦闘だからな」


 皆が頷いている。私もその事は知っていた。今はただ、彼を信じるしか無かったのだった。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート