象をしゃがませて、その背中の上から降りていく。ホアンは手慣れたもので、私とフェアウェルは速やかに降りていく。残ったアルセラは相変わらずおっかなびっくりであり、またも正規軍人の方たちの手を借りる羽目になった。
地面に降りてから周囲を見渡す。
すると私の所までやってきたのは中翼部隊を率いていたダルムさんとエルセイ少佐だった。
私は、背筋を正して立つと、二人をじっと待つ。
先に声を発したのはダルムさんだった。
「指揮官へ報告」
ダルムさんの落ち着いた声が聞こえる。私も彼へと返答する。
「報告、傾聴させていただきます」
それを受けて報告を始めたのは、正規軍人のエルセイ少佐の方だった。若くて張りのある凛とした声が響く。
「指揮官に報告します。戦闘参加者、総数645名のうち、軽傷者約140名、重傷者32名、未帰還者17名」
私には、その具体的な数字が何よりも恐ろしかった。
未帰還者とはすなわち死亡者のことを意味する。すなわち、17人が死んだのだ。
大規模戦闘が始まれば、戦死者が発生するのは避けられない。むしろ当然のことだ。
『戦場における勝利とは屍を積み重ねて勝ち得たものだ』
かつての恩師がそう口にしていたことを思い出さずには居られない。
だが――
――その程度の覚悟もなかったのか? 私には?――
そう自分自身を非難する言葉が湧いてきてしまう。
胸の奥から苦い思いがこみ上げてくる。脳裏の奥で混乱するような渦がぐるぐると巻き始める。
私は思わず沈黙してしまった。
「ルスト指揮官?」
エルセイ少佐の問いかけに私は思わず我に返った。
「あっ、申し訳ありません。少佐」
そんな私が何を思っているのか、すぐに察したのだろう。少佐が私に語りかけてくる。
「指揮官、ひとつだけご忠告させていただきます」
「はい」
エルセイ少佐は落ち着いた声で語りかけてくる。
「今は〝理由〟を考えてはいけません」
その言葉が私の心に強く染み入ってくる。
「あの時こうすればよかったとか、あの采配は間違っていたのではとか、色々な思いが『17』という数字の前に際限なく湧いてくると思います。無論、指揮官という肩書きを背負えば、戦場全体で起きたことのその責任の全てを負わねばなりません。でも、それは今考えることでは無い」
当然の指摘だった。物事には優先すべき順番がある。心痛を抱えてうつむくべきは、この時ではないのだから。
そして、エルセイ少佐の語り口に思い出すものがある。かつての軍学校時代――幾度も指導と薫陶を受けた、先輩からの言葉の記憶だった。新たに胸の奥からこみ上げてくるものがある。だが私はそれをこらえた。
少佐の声が響く。
「今、為すべきことを、お忘れにならないでください」
言い逃れのできない的確な指摘が少佐から告げられた。私の心は速やかに落ち着きを取り戻していった。
「おっしゃる通りです。ありがとうございます」
私は気を取り直して彼らへと答えた。
「報告を受領しました。生存者への応急処置を速やかに進めたいと思います。未帰還者の遺体は、軍令の規定に基づき処理を進めてください」
「はっ!」
ふと、視界の片隅にダルムさんが佇んでいるのが見える。
その顔は穏やかで私の采配と発言を満足気に眺めている。
――あぁ、そうか――
この人は何を私に見ていたのだろうか? そして私はこの人に何を思っていたのだろうか? 不意に湧いた疑問の答えはすぐに見つかった。
――〝お父さん〟という人がいたのなら、こう言う感じなのだろうか?――
その思いは私の胸の中にすとんと心地よく収まっていく。そうだ、この人がいたから――
「ギダルム準1級も戦闘任務完遂ご苦労様です」
――私は傭兵になってからの日々を乗り越えられたのだ。
ダルムさんが穏やかな語り口で言う。
「采配、見事だったぜ」
その一言が、幾十幾百もの勲章よりも私には遥かに嬉しかった。
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