「その軽々とした身のこなし、東方武術の〝軽身功〟だな」
「ご存じなのですか?」
「あぁ、数年前にフィッサール西方領のグォンドンで東方武術の達人に逢ったことがある。年を経た老齢の御仁だったが老いて矍鑠として鬼気迫る勢いだった。空を歩き天を舞う、まさにそんな身のこなしだったな」
そして隊長格の男はこう続ける。
「貴様、あの達人に匹敵するほどの腕前と見た」
その言葉には称賛が含まれていた。パックは敬意を込めて尋ねる。
「名をお聞かせいただきたい」
「衛兵長ダイトス」
名乗られれば答えるしか無い。それが礼儀の返し方だ。
「3級傭兵ランパック・オーフリー」
衛兵長のダイトスが問う。
「別名、絶掌のパックだな?」
「いかにも」
「手合わせ願おう」
「望むところです」
そう答えながらパックは左半身を前にして槍の切っ先側を左手で、石突側を右手で握って構えた。
対するダイトスは見慣れぬ武器を取り出し構えた。
それは双頭の牙剣だった。2つの牙剣を握りの尻のところでつないだような形状だ。同じ反りと長さの刃峰が正反対の方向へと伸びている。それを右手で握りしめ、左半身を前に剣を腰の後ろへと隠すように構える。それがダイトスの始まりの姿勢だった。
対するパックはあえて攻めない。敵の出方を伺い、相手に先に攻撃させてその場で反撃を食らわせる。いわゆる後の先のやり方である。見慣れぬ武器を前にしたとき、パックはいつになく慎重になる。
先に出たのはダイトスだ。
「お覚悟」
そうつぶやきながら足早に駆け出す。姿勢は前傾、腰の後ろに貯めるように構えた双頭牙剣はまだ繰り出さない。
いつ牙剣を繰り出し斬りつけるか? そのタイミングを読み取るのが双方の攻防の要となるだろう。
「―――」
パックも無言のままで槍を構え続けた。槍を自然体で握りしめるように佇んでいたが、その実、全身には力をみなぎらせている。瞬発する力をためているのだ。それは敵のダイトスにもわかっているはずだ。
双方が接触の初合で決するであろうとはわかっていた。だがそれでも戦わねばならないのだから。
そして、パックとダイトスとが間合いを目前に詰めたその時だ。
ダイトスの両腕は双方とも腰の後ろへと回っていた。
「―――!」
これでは左右どちらから繰り出されるか読めない。だがパックはうろたえず、動かなかった。
――ヒュオッ!――
風を斬る音がする。ダイトスの武器が動いたのだ。
それに対してパックはなおも動かない。
パックの視界の中でダイトスの右手がかすかに動く。だが――
――ブオッ!――
本命は左手だった。右で握っていた双頭牙剣を左手にスイッチする。素早い動きで下から繰り出すように双頭牙剣をパックの腹部へと向けて斬りつける。
――ザッ!――
パックはそれに対して歩法で対処する。右の足を引き左の足を震脚して全身を後方へと運ぶ。ダイトスの一撃はすんでのところでかわされ空を切った。
だがダイトスはそれでもなお追いすがる。返す動きで左腕を右から前へと振り出して斬りつける。
パックはそれを体を微かに後方へと反らしただけで躱した。それも肉眼で捉えきれぬ程の素早さで。傍目には斬られるはずの位置に佇んでいた物が幽鬼や幽霊のように実態を持たないかのように刃物がすり抜けたように見えただろう。
「なっ!」
驚愕にダイトスの顔が歪んだが遅かった。
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