プロアが右の拳を握りしめて振り上げる。
「一つ」
拳がガロウズの顔面を正確に狙っている。
「二つ」
右腕に力が込められいつでも殴れる。
「三つ」
三つ目が宣言されたがガロウズの口はなおも開かなかった。ならば先に言った通りに頭の形が変わるほどに殴りつけるだけだ。
プロアが無言で拳を繰り出す。拳がガロウズの顔面にヒットするその直前だった。
「言う。全部言う」
すっかり怯えきった弱々しい声だったが、ガロウズは確かにそう言った。プロアの拳がすんでのところで止まった。
プロアは無言のままガロウズの言葉を待った。
「首謀者はアルガルドの領主の〝デルカッツ・カフ・アルガルド〟だ。奴が計画のシナリオを描いたんだ」
一呼吸おいてガロウズは語り続ける。
「長年にわたり色々な所に金をばらまき、自分の意のままに動くやつを用意すると、そいつらを巻き込みながら、着々と準備を進めてきた。上級候族の存在を匂わせながら逆らうととんでもないことになるぞと思い込ませることも忘れずにな」
ガロウズはがっくりうなだれたまま答えた。
「今まで散々やってきた。ワルアイユ以外にも様々な土地や施設を強引に奪ってきた。いつしか俺も引くに引けぬところまで来ていた」
「それで今回の事件につながるって訳だ。お前はどこまでこの件に食い込んでる?」
「俺は、軍中央本部のモルカッツと言う男に命じられるがままに動いていただけだ。言われるままに動き、見聞きしたものを正確に伝える。それだけが俺の役目だった」
プロアはガロウズがもたらした言葉を吟味しながら問い返した。
「ワルアイユにかけられた疑惑が、虚偽証拠によるでっち上げだったことは知っていたのか?」
「知っていた……何しろ虚偽証拠を管理する役目は俺だったからな」
「そうか、そうすると」
プロアはガロウズの顔を蹴りながら言う。
「お前が出るとこ出て、しっかり喋ってればこんな事件起きなかったじゃねえか。それがどういう意味を持つかわかってんのか! ああっ?!」
「す、すまない」
「今更謝ってんじゃねえ!」
再び黙り込んだガロウズへと向けて、プロアはこの尋問における核心を問い詰めた。
「首謀者のデルカッツはどこにいる?」
放たれたその言葉にガロウズの顔がひきつる。その口は閉じたままだ。
「どうした? 素直に喋るんじゃねえのか?」
「う、うう……」
「うなってるだけじゃ分かんねえだろ!」
足を踏み鳴らし蹴る仕草をする。ガロウズは顔大きく左右に振ってこう叫んだ。
「かっかっか、勘弁してくれ! それだけは、それだけは言えない!」
言えるはずがない。下手をすればデルカッツ側の配下などに粛清される恐れもあるからだ。だがそれくらいはプロアには百も承知だ。
プロアの蹴りがガロウズの下腹に食い込む。
「もう一度しか言わねえぞ。デルカッツはどこだ?」
今度は蹴りが、連続で何度も打ち込まれた。ガロウズが吐くまで続ける気なのだ。
「ひとつ」
まだ口を割らない。
「ふたつ」
再び蹴り込むがまだ自白しない。
「みっつ」
蹴る場所を少し変える。ガロウズの表情が泣き顔に変わりつつある。
「よっつ」
そう数を数えて右足を後ろへと大きく引いた時だ。
「ラ、ラインラント……」
ようやくにガロウズが口を開いた。足を止めて言葉の先を待つ。
「アルガルドの領地に入ってすぐに北西へと山の中へと入っていく。その先にあるのがラインラントと言うかつての砦だ」
「そこにいるのか」
「居る。デルカッツ様は基本そこから動かない。捕まえるならそこに直接殴り込むしかない」
「ラインラント砦か、間違いないな?」
強い口調で問いただせば、ガロウズは顔を激しく上下に振った。
プロアはため息を漏らしながら告げた。
「いいだろう。これで勘弁してやらあ」
その言葉にガロウズが安堵しているのが分かる。だがこれで悪人を見逃すような生易しいプロアではなかった。
「しかし!」
大きく引いた右足をガロウズの顔面めがけて盛大に蹴り込む。
――ドカッ!――
プロアが叫ぶ。
「お前たちのくだらない企みで、多くの人々が苦しめられた。村を荒らされたメルト村の人々、経済的に立ち行かなくなった人々、そして何より〝唯一の親を殺されたアルセラ〟――お前はそいつらにどう詫びるつもりだ! 詫びる言葉なんかあると思うのか?!」
そして、プロアはもう一発蹴りを食らわせた。
――ドスッ――
鈍い音がして顎が蹴られる。脳が揺さぶられてその意識は瞬間的に飛んだ。
失神し、ガロウズの身体が崩れ落ちる。だがプロアはガロウズを解放することなく、その場から速やかに立ち去っていく。
プロアは、ガロウズたち逃走者の一団を冷ややかに眺める。
「ラインラントか」
そう小さく呟くと速やかに走り始める。
「飛天走!」
聖句が詠唱され、速やかにプロアは大空へと舞い上がっていく。そのシルエットは瞬く間に遠ざかる。
後に残されたガロウズたちを拾い上げる者は誰もいない。
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