■右翼後衛、部隊長ルドルス・ノートン――
そして、こちらは高機動遊撃部隊として役目を与えられていたドルスたち――
他の部隊とは異なり、格段の足の速さが必要なので寡兵であった。
その彼らは少し距離をおいた場所から自軍の動きの様相を冷静に見守っていた。
右翼後衛に配置されていたパックが言う。
「ルスト指揮官が何やら企んでいるようです」
その問いにドルスが言う。
「わかるか? 〝絶掌〟の」
絶掌――パックの二つ名だった。
「はい、少なくともまだ自軍が不利だとは思えません。にもかかわらず全速後退をするとすればそれは何らかの奸計を狙っているのでしょう」
「俺も同意見だ――」
ドルスはそうつぶやきながら火打ち石と火口(注:麻ひもをほぐして作った着火剤)を取り出し、右手に握った片手用牙剣を打ち付けて点火する。そして、口元に咥えていた紙巻たばこに火をつけた。
「敵を強引に自軍中央へと誘い込み、それを脚の早い両翼部隊で包み込む――典型的な弾性包囲戦術だ」
「見事です」
「あぁ、見事だ。だが――」
軽く煙を吸い込むとすぐに紫煙を吐き出す。
「――あそこまで自分を囮として危険に晒すとはな」
ドルスが吐いた言葉にその部隊に参加していたマイストが言葉を吐く。
「無茶すぎる」
バトマイも不安げに言う。
「何もあそこまでしなくても――」
だがドルスは冷淡に言う。冷やかしではなく、ベテランが経験浅い若輩者をたしなめる言い回しだった。
「馬鹿かお前ら」
「え?」
ドルスの言葉にバトマイのみならず、皆が見つめ返していた。ドルスは遠慮せずに言った。
「指揮官が楽してどうするんだよ――、そもそも〝あいつ〟は自分が〝敵からは指揮官に見えていない〟と言う事くらい百も承知なんだよ」
ドルスのその言葉にはルストへの強い信頼がにじみ出ていた。
「むしろ、ワルアイユのアルセラの嬢ちゃんのほうが敵からは目立っているって事もわかってるだろう。下手すると自分がアルセラのメイドか何かに見えている可能性も考えているはずだ。だからこそだ――」
ドルスは火口の火が消えたのを確かめて火打ち石と一緒に腰脇に下げた鉄製の入れ物にしまい込んだ。
「――アルセラと一緒にあえて自分が〝餌〟の役目を買って出たんだよ。弾性包囲戦術を完璧に成功させるためにな」
無論、それがどれだけ危険なことなのかは誰に目にも明らかだ。
弾性包囲戦術――攻め込んでくる敵集団を相手に柔軟な自軍部隊の動きで、敵軍を包み込み、敵の退路を断って効果的に敵を壊滅させる戦術だった。成功すれば大きいが、些細な読み間違いで失敗する可能性も大きい。
「弾性包囲は、敵が右翼左翼の存在に気づいてそちらを各個撃破し始めたら必ず失敗する。そうすればどんなに数の面で有利だったとしてもあっという間にやられるだろう」
包囲攻撃が成功すれば一網打尽に出来る。だがそれは容易なことではない。
「だからこそだ、敵がこちらの中央へと確実に踏み込んでこざるを得ない状況を生み出す必要があったんだ。それを自分自ら作り出そうとしている――それがどれだけすごいことか、お前らにもわかるはずだ」
反論の言葉は出ない。皆がルストの覚悟の程を理解した証拠だった。
パックが皆に言う。
「行きましょう。我々も次の布石を講じなくては」
「あぁ、敵の第2陣を遮断しないとな」
そうドルスが漏らすと全員が外套マントのフードを頭にかぶせる。彼らも行動を開始する準備を始めた。
「行くぞ、悟られないように回り込むぞ」
その言葉を受けてその部隊は行動を始めた。その集団の中にはホアン以外の象使いの少年たちの姿も混じっていた――
「力のあるやつは象使いの子供らを背負ってやれ。コイツらも走らせるのは酷だからな」
「了解」
「おうよ」
そう声が漏れて、5人の象使いの少年たちに手を差し出す。言葉は通じないが、その手の意味はその子らにも十分わかっていた。大の大人5人が少年たちを拾い上げると抱きかかえて走り出す。
「行くぞ――」
準備ができたことを確認し、ドルスたちは気配を潜めて走り出した――
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