村役場の隣に領主が政務をするために設けられている別宅がある。領主としての仕事をする以外には使われていない建物だが、三階屋のその建物は見た目に反して意外と大きく部屋数もあった。
そこにたどり着くとそこから先は執事のオルデアさんたちの領分だった。
アルセラの寝起きする部屋、使用人たちが腰を落ち着ける部屋などを割り振ると、未使用だった会食部屋の扉を開いて中の様子を確かめる。掃除は普段から行き届いていたから、厨房などを使用可能な状態へと仕上げていく。それと同時に不足している物をたしかめて村長へと調達を依頼する。その手際は見事というほかはなかった。
オルデアさんが言う。
「ルスト隊長と部隊員の皆様もこちらへと活動拠点を移されてはいかがですか?」
その言葉を私を含む4人が聞いていたが異論は出なかった。
ダルムさんが言う。
「しゃぁねえだろ。こうなっちまったら任務もクソもねえ」
それについてドルスさんも言う。
「まぁ、ここまで深く関わっちまったらな」
そしてパックさんが言う。
「では他の方たちにも――」
「いいえ」
私はそれを否定する。先にやらねばならないことがある。
「先に村長と村の方たちと話し合いを優先します。この場で整理しておかねばならない事があります」
「状況の整理ですか」とパックさん。
「えぇ、私達本来の任務についても吟味しなければなりませんから」
「俺達の本来の任務について?」とドルスが言う。
「えぇ――仔細は後ほど話しますから」
私がそう告げると彼らも納得するしかなかった。
オルデアさんたちから声がかかる。
「エルスト様、簡単ですが食事の用意がととのいました。会食の間へどうぞ」
「ありがとうございます。今参ります」
返答をしてから、ドルスさんたちにも告げる。
「ここはご厚意をお受けしましょう」
「いいのか? どうなっても知らねえぞ」
よりによって調査対象となる人々へと合流してしまったのだ。ドルスさんが不安を口にするのも当然だった。
「ゲオルグ大尉の事ですか?」
「あぁ、仮にも正規軍人だ。無視するわけには行くまい」
「あぁ、その事だったら大丈夫ですよ」
「なに?」
きっぱり言い切る私にドルスさんが驚いている。私は告げた。
「あの人――無視しても問題ありませんから」
「無視って――そりゃイマイチ頼りないのは事実だが――」
「それについてはまた後で――さ、参りましょう」
私の言葉にドルスさんが呆れ顔で頷いている。
そう言い切り歩き出すとアルセラたちの待つ部屋へと向かっていったのである。
† † †
昼食はワルアイユの郷土料理だった。
ワルアイユは麦と芋が特産物だ。新鮮な麦を使った自家製パンと、様々な芋を使った料理が並んでいた。
パンは小型の丸い白パン、一般に『プレッチェン』と呼ばれる形式のものだ。
芋は馬鈴薯を皮を丁寧にむいてマッシュポテトにし、キャベツとケールを加えてさらに牛乳やクリームで煮込み香辛料で味を整えた『コルカノン』というもの。
それにきのこを添えたスープが添えられていた。
「ささやかなもので申し訳ありませんが」
アルセラが済まなそうに語るが――
「いえ、ご厚意に感謝します」
私たちは心からありがたくいただくことにした。
そして、アルセラたちを交えての食事が始まった。
私は向かい合わせた席のアルセラに問うた。
「それにしても見事に状況を仕切れてるわね」
私の何気ない問にアルセラは謙遜しながら言う。
「いえ、ある人を真似ているだけですから」
「それってもしかして――」
「はい、父です」
それは当然とも言える答えだった。アルセラは過去を思い出しながら言う。
「母が亡くなってからは父だけが直接の家族でした。いつもこの村とワルアイユの郷を守っていくために多忙を極めていました。ワルアイユから外へと出る事もしばしばですし、なかなか一緒にいることもできません」
「そうよね。地方領主って州政府とのやり取りが大変だからね」
「はい。ですが村に帰ってきてもほとんどこの別宅に居ることが多かったんです。そんな時私はよくこの館へとやってきました。侍女にお願いして。でも父は私が来ても追い返したりはしませんでした。この別宅の片隅にくつろいでいる私を見守りながら忙しく政務に励む姿を見せてくれました」
アルセラは過去を思い出しながら語る。そこには父親への憧憬がにじみ出ている。
「村の人達との話し合い、商人との交渉、州政府役人のあしらい方――それらの姿を見ながら私は育ってきました。一緒に触れ合う時間は短かったですが、垣間見る父の背中を私はずっと頼もしいと思っていました。だから今は――」
アルセラは覚悟を決めたように落ち着いた声で告げた。
「父のあの背中を真似ることをしようと思います」
あぁ、そうだ。やはりそうだ。たとえ理不尽により領主としての教育を受けていなくとも、彼女はずっと領主の娘としてその背中を見守り続けてきたのだ。鳥は教えを受けずとも親の羽ばたく姿を見て飛ぶことを覚える。
領主の娘が父たる領主の仕事に励む姿を記憶しているのは当然のことだ。
そして、彼女は考えたのだろう〝父ならこうするだろう〟と。
――親の背中を見て育つ――
それこそがこの世で最も確実で意味のある教育なのだ。今はなきバルワラ候の偉大さがアルセラを通じて伝わってくるかのようだった。
「それでいいと思うわ」
「はい」
私の言葉にアルセラは安堵の笑みを浮かべていたのである。
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