「すいませんが先に行ってください。村役場でおちあいましょう。――プロアさん」
私はプロアさんを呼び止めた。私の声に苛立ちを顔に表しているが、反面、諦めも垣間見える。
ほかの者たちの姿が消えるのを待ってから、彼は私に問いかけてきた。
「やっぱり、モーデンハイムのお嬢さんだったんだな」
彼は半ばため息交じりに言う。
「いつ気付いてたんですか?」
「ほぼ最初から。哨戒行軍任務で一緒の部隊になってからの行動とかでピンときた。確信が持てたのは今回のワルアイユ行きが決まってからだ。あまりにも正規軍の事情や精術武具とかに詳しいんで、ただの職業傭兵にしちゃ変だと思ってたんだよ」
やっぱり、分かる人にはわかってしまうらしい。
「わかってたならなぜ口外しなかったんですか?」
私がそう問えば、彼は真面目な顔で答えた。
「口外してほしかったのか? アンタほどの人間が素性を隠して暮らすってのは相当な理由があるってことだろ? これでもダルム爺さんほどじゃないが、いろんな人間を見てきてるんでね、人を見る目はあるつもりだ」
そう答える彼はいつになく紳士的だった。そして彼は言う。
「それに俺も、脛に傷持つ身なんでね、上から下まで、いろんな階級に身を置いたことがある。侯族のお嬢さんがたの顔を間近にもたことだってあるんだぜ」
それはつまり、彼自身も侯族の身分だったということを言外に言っていることになる。だが私はその点については問いたださなかった。そして彼は冷やかし気味に言う。
「で? 何をやれば良いんだ? 姫さん」
「ちょっと、姫さんはやめてください」
「いいじゃねえか、誰も見てねぇし。それより、ほんとに黙っててくれるんだろうな?」
「えぇ、二言はありませんよ」
にこやかに答える私にプロアさんは大きくため息をついていた。
「まったく――よく見てるよな。イカサマ賭博の種なんて」
「私、目はいいので」
「それに耳もいい」
「あら、解ってるんですね」
彼はそんなやり取りを楽しんでくれている。苦笑しつつもこう言い返した。
「たのむぜ。ドルスの旦那なともかく、カークのおっさんなんかにバレたら半殺しにされかねない。あのひと、とにかく堅いんだよ」
「わかってますよ」
「それで? いったいどこに行けばいいんだ? この間は西方司令部だったな」
その疑問に私は真剣な表情で告げた。
「行ってもらいたいのは。私の実家、それも私のおじいさま〝ユーダイム・フォン・モーデンハイム〟のところです」
「はぁ?」
私の言葉に彼が蒼白の表情となるのがよく分かる。
「な! 中央首都じゃねえか?!」
「はい」
私はあっさり言い切った。私は彼がそれの無茶な要求を可能な理由を知っていた。
「お持ちですよね? ブーツ型の精術武具、地精系で銘は『アキレスの羽』」
「そこまで見てたのかよ……」
プロアは思わず目を覆った。彼としても想定外の要求だったに違いない。だが、彼の得意技能を考えるとアキレスの羽を持っているとしか考えられないのだ。
そもそも実はこの人、傭兵としては正攻法な戦い方よりも、偵察や特殊工作、時には暗殺などの方が得意と言う尖ったスキルの持ち主だ。だからそれに合わせた特殊な装備を所持して当然だった。
たとえば、腰の後ろのあたりに隠し持っている『鎖牙剣』と言う武器もその一つだ。
細かな無数の刃をつなぎ合わせて鞭状にしたもので、当然、取り扱いは恐ろしく難しく気軽に持てるものではない。素人が振り回して自分を大怪我させた事例もあると言う。
だが、それを自在に操るその姿は一度見たら忘れられないインパクトがある。ひたすら重いムチ部分を勢いをつけて振り回し、しかもその勢いを絶対に殺さない。手元から先端まで、その動きの全体像を把握しつつ、狙った一点を向けて叩き込む。その重量と強度故に一本鞭の使用者でも扱いきれないという程の超上級者向けの武具だ。
それを自由自在に操るのが彼だ。その戦闘に対するセンスと技術はだれの追随も許さない。
私の無茶な要求に心底嫌そうに苛立ちを見せていた彼だったが、気持ちを整理して、すぐに私へと視線を向けてきた。私も彼をみつめて告げる。
「この手紙と〝コレ〟を祖父に渡してほしいんです」
彼が受け取った手紙を開いて中を確かめると、私はさらにある物を渡した。はじめは困惑していたが、中身を理解するうちに真剣な表情になってくれた。
「そう言うことか」
「はい、できればこちらの状況を口頭で説明していただけると助かります。オブリスさんの奥様の保護についても」
プロアは私から渡された手紙と〝あるもの〟を懐にしまい込んだ。そこには一つの大きな仕事を覚悟を持って引き受けた一人の男の姿があった。
「わかった。最大速力で行ってやるよ。ただ、行って帰って2日は見てくれ。今からだと明後日の早朝になるだろう。なにしろ距離が距離だからな」
「わかりました」
「じゃあ、行くぜ」
プロアはそう簡単に告げると、一気に走り出した。所有する精術武具の使用のための助走だ。
「精術駆動 ―飛天走―!」
その聖句詠唱と同時にブーツ型の精術武具の内に組み込まれた機構が働き、プロアの周りに一迅の旋風が舞った。そして目に見えない翼で舞い上がるように、飛び上がると瞬く間に飛び去っていった。
じっと見守っていたが、それは流れ星のように地平線の彼方へと飛び去って行く。
「お願いね」
その無理な長旅の困難さを思うと済まない気持ちになってくる。だがやってもらわねばならないのだ。
さぁ、私も村へと戻ろう。なすべき事があるのだから。
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