天使の小羽根亭の中が静寂に包まれている。あまりの出来事に誰もが言葉を失っていた。
いつの間にか姿を表していたのは私達を束ねる上司。
傭兵ギルドのギルド支部長ワイアルドさんだ。その傍らには傭兵ギルドの事務長である女性の姿もあった。
みなが私とドルスのやり取りをじっと見守っている。それに気づいているのかいないのか、あたしにここまでコケにされたドルスがとうとう本性を表した。
「調子に乗ってんじゃねえぞ。小娘」
彼の口から出たのは口汚い罵声。だが私はひるまない。
「小娘じゃないわ」
「二つ名も無ぇひよっこのくせに」
「だったらあんたの鼻っ柱をへし折って、正々堂々と名乗らせていただくわ」
「おもしれぇ」
ドルスも立ち上がる。そして、腰に下げていた武具を抜き放った。
「俺が刀剣術の達人だって知ってて言ってるんだろうな?」
抜き放った剣の切っ先を私に向けて突きつけてくる。ハッタリじゃない。片手剣の剣技だったら他に追随を許さないほどの腕前なのは有名な話だ。
「手加減しねえぞ。傷だらけになりたくなかったら今のうちに土下座しろ」
だがそんな程度で怯む私じゃない。
「その言葉、そっくりお返しするわ」
「ほざいてろ、メスガキが」
吐き捨てたドルスが更に言う。
「せめてもの情けだ、着替える時間をやる」
だが私はそんな言葉には乗らない。戦いのテンションを落としたくない。戦いとはノリと勢いだ。それを殺さずに勢いづけるのも重要なセオリーなのだ。
「けっこうよ。このままでやらせてもらうわ」
「馬鹿が――」
ドルスはそう言いながら店の外へ向けて歩き出す。
「丸裸にして泣かせてやるよ」
それ以上は私は何も言わなかった。ただ、そのまま店の外へと歩いていく。足に履いたエスパドリーユが乾いた足音を奏でている。
二弦手琴を弾いていたはずのホタルは、フェンデリオルの六弦のリュートを持ち出して曲を奏でていた。リズミカルで勇壮な戦いを盛り上げる武闘曲だ。その曲の意図を私はすでに気づいていた。
リアヤネさんもウェイトレスの人たちも真剣な表情で見つめている。こういう場ではケンカや果し合いは珍しくない。店内で乱闘になることもある。だがそれを我が身可愛さで止めるほど甘くもない。
マオが問いかけてくる。
「ルスト、思いっきりやりな! 怪我したら手当してやるよ」
マオは男のようなさばけた話し方をする。その語り口が心地よかった。私はほほえみと共に言葉を返す。
「ありがとう」
マオが私の背中に声をかける。
「武運祈願」
その言葉はマオのふるさとで戦いの勝利を願うものだということを私は思い出していた。
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