その男、デライガは何も語らなかった。
「―――」
本来であるならばここで自らの名前を名乗り、その立場を改めて明らかにするのは、親族会議において発言を許される者として当然のことだった。だがデライガは黙したままだった。憮然とした表情でユーダイムを睨みつけている。
進行役のシノロスが催促する。
「デライガ候、発言したまえ」
その言葉にしぶしぶながらもデライガは名乗った。
「現当主デライガだ」
そのあまりにふてぶてしい態度に会議参加者たちからは、糾弾ともとれるざわめきの言葉があちこちから漏れていた。
デライガは警護役の3人により厳重に守られながら、デライガはひとつの肘掛付きの椅子に着座するように促される。明らかに逃亡を警戒しての警護役だった。
それを尻目に、討議場中央に進み出てきたユーダイムは力強い声で討議議題を宣言した。
「諸君らに告げる!」
それは、60をはるかに超えた老人であるとは思えないほどに力強い声だった。その声が精霊神殿の中の空間に残響を残すほどに轟いていた。
「私、ユーダイム・フォン・モーデンハイムは、本会議において、モーデンハイム家現当主にして家督継承責任者デライガ・ヴァン・モーデンハイムの家督継承権剥奪と当主地位更迭、並びに廃嫡の処分の緊急動議の発動をここに宣言する!」
ユーダイムの老いてなお迫力に満ちた力強いその声は精霊神殿の中に響き渡る。デライガは憮然とした表情をして沈黙を守り、ユーダイムはさらに告げた。
「諸君らにはこの緊急動議への同意と承認を願いたい!」
ユーダイムの言葉に進行役の議長であるシノロスは明快に問い返した。
「してその理由は?!」
当然の問い返し。議題を提出したなら、なぜ同意と承認を求めるのか? その理由を告げるのは当然のことだからだ。
そうでなければその緊急動議が果たして正しいものなのか? を判断することはできないからだ。
シノロスの問いかけに、ユーダイムは答えた。
「まず現当主デライガ候には、次代家督継承者への意図的な迫害行為の疑いがある!」
次の代の家督継承者といえば一人しかいない。すなわちエライアだ。
「諸君らは覚えているだろうか? 2年前のあの失踪事件を?」
ユーダイムの問いかけに会議参加者たちは沈黙したままじっくりと聴き入っていた。
「今更多くを語る必要はないが、本人の意思において行われた出奔失踪事件。我が孫娘である当時のエライア嬢の動機は彼女の実父であるデライガ候が、彼女自身の意志を完全に無視し、あまりにも強引な強制的な結婚を、当主自身の利害関係のみを持っておし進めようとしたことが直接の原因だ」
ユーダイムは一旦言葉を区切った。少し置いて言葉を続ける。
「だが、それ以前から様々な加害行為が行われていた。その一例がエライアの兄にして本来の家督継承候補者であるマルフォス・フォン・モーデンハイムの自死事件と、それにより多大な精神的苦痛を負ったエライアへの適切な心理的治療の放棄と無視だ!」
それはエライアが今もなお心の奥底に抱えている苦痛そのものだった。
「当主である前に父であるなら、家族の自死を防げなかったことへの詫びの気持ちと、少しでも苦痛を和らげる励ましの言葉を送るのは当然のことではないのか? だが奴は一切言葉をかけなかった! その結果としてエライアはモーデンハイム家本家に寄り付かなくなり、軍の寄宿学校にこもるようになったのは諸君らも覚えているだろう」
その証言はエライアの人生の負の側面。エライアにとって軍学校の寄宿生活とは夢の場所であったとともに最後の逃げ場所だったのだ。そこにしか、心を落ち着ける場所は無かったのだ。
その言葉に会議参加者たちのざわめきが漏れた。否定ではなく同意のざわめきだ。
会議参加者の誰かが漏らした。
「たしかに、逃げ場として寄宿生活をしていて、それを強引に婚姻を強要されて連れ戻されれば」
「失踪もやむなしか――」
だがこの程度では今回の議案の提出理由としてはまだまだ弱い。
「エライアが2年前、精神的に耐えかねて逃げるように旅立ってしまったのは当然のこと。結果、家督継承候補者を失踪させてしまったという事実は、我がモーデンハイムの家名を大きく傷つけた! これに対して現当主デライガ候は海外留学と言う虚偽の発表をして一切の反論を封じる手に出た! だかここでも大きな問題が生じた」
大きな問題――その言葉が場を一気に引き締めた。ユーダイムは語る。
「それについては今から招く参考人の言葉を拝聴していただきたいがよろしいか?」
その問いかけに会議参加者からは拒絶の声は上がってこない。沈黙こそが同意の証拠だった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!