両腕をゆるく組み、両足を開いて立ちはだかっていたその男が口を開いた。
「えげつねえな――」
野太くもいかにもやさぐれた声が響く。
「――うちの駒の中でも、軽身功と槍術の達者をお前さんに当てたんだが、こうもあっさりやられちゃメンツが立たねえ」
その言葉に対してパックは言った。
「暗殺などということを生業とする輩に、メンツも誇りも有りはしませんよ」
パックのその言葉を襲撃者の男は鼻で笑った。
「お前がそれを言うか? 笑わせるぜ」
その言葉には言外にパックの素性を何かしら掴んでいることがにじみ出ていた。襲撃者が右手を背面へと回して何かを取り出す。彼の右手に握られて現れたのは、鞘に収まった直剣だった。その長さ1ファルド6ディカ程度〔約60センチ〕――
剣を水平に構えて鞘を抜いていく。闇夜の中で銀色に鈍く輝く光が放たれている。
それをしてパックは言った。
「この国の人々はそのような刀は用いません」
その言葉に男は無言のままだ。
男の剣は片手用の両刃の直剣だった。フェンデリオルの人間は原則として片刃の剣しか用いないため、明らかに異様だった。そして、パックは直感する。
「片手用の両刃の直剣は――『剣』はフィッサール独特のものです。そして、あなたですね? この土地の領主を殺針で殺めたのは?」
襲撃者は無言のままだった。ただパックを鼻で笑っているかのような気配が伝わってくる。右手で軽く剣を縦回転で振り回し威嚇してきた。その軽妙な剣さばきの動きに相手の正体を確信する。
「やはり――フィッサール由来の殺手か」
そしてその事実はパックの中に怒りの炎を吹き上がらせた。
「罪なき人を殺めた咎――極めて重いぞ」
そこに浮かぶのは壮絶なまでの怒りの表情。パックの口から怒号が飛び出した。
「唐津の民の面汚しが!」
ゴキリと音を立てて両の拳を握りしめる。だがそこで襲撃者――否、暗殺者が言う。
「貴様〝龍の男〟――白王茯だな?」
ランパック・オーフリーではない別の名前だが彼は否定しなかった。
「いかにも」
その答えを耳にして暗殺者は鼻で笑った。
「汚れた生まれの戦奴風情が」
それは最大級の侮辱だった。
「おとなしく畜舎に帰れ」
「その言葉、万死に値する」
「ほざけ――家畜が!」
「闇の世界で死肉を貪る豚どもに言われる筋合いはない」
暗殺者がなじる。
「泥まみれの生まれの奴隷風情が」
パックが軽くあしらう。
「貴方ほど畜生道に落ちたつもりはない」
徹底した罵倒と侮蔑が飛び交う。そしてそれは、暗殺者が剣を振るいながら踏み出した事で、戦いの幕開けとなる。
――フォン、フォン――
暗殺者が剣《ジェン》を振るう。縦回転させながら、右へ左へと振り回しつつ、その剣速を瞬く間に上げていく。
――ヒュ、ヒュ、ヒュ、ヒュ――
風切り音は甲高くなり耳障りな音となっていく。
対するパックは両手を緩やかに左右下へと下げたまま無為の構えで対峙していた。互いに互いの力量を侮っている様子はない。
そして――
先に動いたのは暗殺者の側だった。
剣《ジェン》を振り回しながら徐々に間合いを詰めてくる。フェンデリオルで一般的な牙剣と異なり、敵めがけて振り抜くようなことはしない。剣先を常に高速で動かしながら、敵の体をかすめるようにして少しつづ防御を削り取ろうとする。
パックは解っていた。敵の振るう剣《ジェン》と言う武器が、薄くしなやかで軽量であるがゆえに、弾いて往なすような防御がしにくい代物である事を――
それに加えて敵の体捌きはパック自身の武術に勝るとも劣らないだろう。
ならば――
敵の剣《ジェン》の動きは更に激しさを増していた。
縦回転のみならず、暗殺者は体を翻して一瞬後ろを向くと、巧みに剣先の軌道を変えながら斜め上から、あるいは真横から、絶えず意表を突き相手であるパックに先を読ませることはない。
上から斜めに薙ぎ払えば、パックは上体を斜めに傾斜させてかわし、
真横から薙ぎ払えば、後方へと退く。
そんな剣技を続けながら、暗殺者は獲物であるパックを後ろへ後ろへとジリジリと下がらせる。
暗殺者はそのマスクの下でほくそ笑んでいた。相手が追い込まれているのは確実だったからだ。
その暗殺者の視界では、パックの背後にある物を見つけていた。
互いに無言のままほんの僅かな時間がすぎる。
敵の激しい連撃をすんでの所でかわしていく。パックの防戦一方に見える態度に、敵は優越感を抱いたのかのように、さらに勢いをつけたのだ。
「キェエエエィ!!」
威嚇を込めて奇声を発しながら、暗殺者は剣《ジェン》を振るう。
薙ぎおろしたかと思えば、小脇で手首を返して脇下から前へと突きに転ずる。
突きを引いたかと思えば、身を翻して反対側から突きを繰り出す。
さらには腕の動きだけで突きの連撃を食らわせる。
恐るべき密度の剣さばきをパックはなおも後ろへと下がりつつもかわし続けた。
だが――
「ハィイイイイイ!!」
――敵が勢いよく奇声を上げた時、パックが下がれる場所はすでになくなっていたのだ。
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