次に向かったのは職業傭兵たちのところだった。そしてそこはひときわ賑やかに盛り上がっていたのだ。
「居た居た! 行くわよ! アルセラ! 私の仲間たちをあらためて紹介してあげる!」
「えっ? あっ、はい!」
私はそう言いながら彼らの元へと足早に進んでいた。
広い祝勝会会場の中、礼拝神殿の母屋から離れた場所にひときわ賑やかな一角がある。礼装服もなく普段の仕事着のままだが、それでも彼らの装いは気っ風の良さに満ち溢れていた。
野戦用外套を脱いだその下は『キラーソ』と呼ばれる野外戦闘用のジャケット・スーツに『スケレート』と呼ばれるカーゴパンツ、足元には編み上げのブーツに、腰に下げるのはフェンデリオルの民族武器の牙剣、一見すると地味極まりない。
だが、それは彼らにとって、その生業をこなすために長い時間をかけて考え抜かれた服装だった。
彼らの職業は〝職業傭兵〟
正規軍、市民義勇兵に続く第3のこの国の守り手たちだ。
その手にグラスを持ち酒盛りに興じている。声がひときわでかく賑やかなのは職業傭兵たる彼らの定番の一つだ。
「おまえ、首級はいくつあげた?」
「3つ、お前は?」
「1つだ。もう少し行けると思ったんだがなぁ」
「しゃあねえか俺たち右翼前衛だったから、戦術的包囲の動きに飲まれちまったからなあ」
「敵と接触が激しかったのは中翼だけど」
「あそこは戦耗率高かったっていうからな」
「未帰還17名の大半が中翼だってな」
「難しいところだな」
「まったくだ」
――と、戦いの成果について論じている者があれば、
「ワルアイユは麦と芋が名産なんだってな」
「だったらエール酒だな、この辺の麦は質がいいので有名だからな」
「やっぱりそうか、こう言う儀礼的なワインもいいが、やっぱり泡立つエールとかで一杯やりてえよな」
「だったら、こっちが中開きしたら、村の青年団の連中のところ行こうぜ! 祝勝会の準備が終わったら村の中央広場の方でやってるって話だからな」
「いいなそれ、この村の若い連中とも話してみてえからな」
「じゃこっちのワイン瓶くすねて持ってってやろうぜ。こう言う酒は連中には縁遠いだろうからな」
「おっしゃ!」
――と、銘酒の味について論じている人も居る
「しかしすごかったなぁ、パックのやつ、アレを素手で倒すかよ!?」
「象だろ? 牙剣で斬ったってかすり傷にもならねえのに、拳で一撃だぜ?」
「化けもんかアイツ?」
「聞いたか? あいつ『龍の称号』っての持ってるんだってな」
「アデア大陸4大武闘大会の覇者だってよ」
「なんでそんなのが、こんな辺境で傭兵やってんだろ?」
「そら決まってるだろ! 技の研鑽とツワモノ探し! 飽くなき武術の追求ってやつだ」
「か~~っ、かっこいいねぇ!」
戦象を打倒したパックさんの武功について噂する声がある。
「相変わらずダルム爺さんすげぇなぁ」
「俺、近くに居たんだけどよ、初手で3人、巨漢を1人、そのあと立て続けに4人だ、ハンパねえぜ」
「あの歳で戦鎚戦闘だろ? 服の上からだと華奢にしか見えねえだけどなぁ」
「鍛え方が違うよ! 鉄車輪の名前と、準1級の肩書は伊達じゃねえよ」
こちらでは最高齢のダルムさんの事を噂している。
そしてそのダルムさんと、もうひとりの老女傑が対話をしていた。
「鉄車輪の、技はおとろえちゃいないみたいだね」
「まあな。今度の戦いもそれなりに首級はあげれたからな。肩も壊しちゃいねえ。そう言うあんたはどうなんだ? 石壁の」
「あたしゃいつも首級は取りに行かないからね。すきに動いて愛用のギガスの櫛でみんなを手助けできりゃいいのさ」
「相変わらずだな。だが、あんたの技にはみんな助けられてる。感謝してるぜ」
「そいつは嬉しいね」
「だが、無理はするなよ。砂モグラの連中も精術武具対策に本腰入れ始めたって噂だ」
「はっ、それこそやらせやしないよ。まだまだこいつを手放すには早いからね」
「俺もだ。まだまだ両手を空けるわけにはいかねえさ」
「鉄車輪の」
「おう」
「死ぬんじゃないよ」
「お前もな」
それは私の恩師である鉄車輪のダルムと、西部都市周辺でも有数の女性傭兵である石壁のオベリス、女性傭兵の中でも名だたるベテラン傭兵だった。
この祝勝会の場の中で、こうした活気に溢れた会話がそこかしこでかわされていた。
彼らは職業傭兵、戦場で勝ち残り、武功をあげることこそが何よりもののぞみ。
勝利の余韻を漂わせる、その活力に溢れた会話もまた祝勝会と言う宴の〝華〟の一つだったのだ。
私たちはまずは手近なところから話しかけていくことにした。
この場では私が先に出る。私の傍らでアルセラは控えめについてきている。職業傭兵特有の荒っぽい気風には喧騒にはまだ慣れていないらしい。
「アルセラ!」
そう声をかけながら右手を差し出せば、彼女の左手が出てくるのでそれをしっかりと握る。
「ついてきて」
「はい、お姉さま」
私に手を引かれたのが嬉しかったのか、幾分落ち着いたみたいだ。
そして彼女を連れながら私は彼らへと声をかけた。
「ダルムさん! みんな!」
私の声に皆の視線が集まる。そして口々に言葉が返ってきた。
まずダルムさんが言う。
「お? やっと来たな?」
その傍らでオベリスさんが言った。
「主役とご領主様のお目通りだね」
その声とともに皆一斉に集まってくる。その彼らが私たちを見た時の第一声は想定されたものだった。
「ひゅー」
「えらいめかしこんだじゃねえか!」
「どこの姫君かと思ったぜ」
冷やかし混じりの声があると思えば、
「本当にルストかよ?」
「別人にしか見えねえぜ」
「綺麗だ――」
素直な称賛の声もあり、
「見事な着こなしだな」
「着こなしもそうだが、あぁ言う裾の広いドレスってめちゃくちゃ歩きにくいんだぜ」
「姿勢がまったく揺らいでねぇ」
「こりゃどう見ても着慣れてるな」
私の着こなしや立ち振舞に感心している声もある。そして、
「なぁ、もしかしてルストってどっかの……」
「おっと、そっから先は野暮ってもんだぜ」
「そうだぜ。女の晴れの舞台はだまって見惚れておくのが粋ってもんよ」
私の素性を邪推しようとする輩をたしなめる声もあった。
ドレスのスカートの裾を揺らしながら歩いて進み出ていけば、周りのそこかしこからため息が漏れてくる。そしてそれは、アルセラと一緒という事も手伝って、いつもの傭兵同士のざっくばらんな砕けた空気ではなく、互いを尊重し合うような引き締まった空気がどことなく漂っていた。
私は気持ちを落ち着けると、数歩進み出て、皆に対して声をかけた。
「皆さん! 此度の戦いではありがとうございました!」
集まった傭兵たちが言う。
「固いこと言いっこなしだぜ! ルスト隊長」
「そういう事! この勝利をもぎ取ったのは間違いなくあんただからな」
「この戦いで、間違えなく〝旋風のルスト〟の武名は轟くだろうぜ」
「国中で噂が流れるのも、時間の問題だな」
そしてその言葉を締めたのは、エントラタ風の袴姿の若者だった。たしか、二つ名は鬼神のソウゴと言ったはずだ。
「これだけの大きな武名。時代がそこもとを放っておくまい」
「ソウゴさん!」
私が問い返せば彼はにこやかに微笑みながら言う。
「ルスト指揮官殿、お見事であった」
「お言葉ありがとうございます。でも、指揮官役は、あの合戦が終了した段階で正規軍にお返ししたので、今はただの隊長です」
「そうなのか? それは失礼」
ソウゴさんが苦笑しつつ言う。
その言葉には彼がまだこの国の軍事制度について完全に慣れているわけではないということを言外に匂わせている。ともあれ、
「それより」
そう言いながら私は傍らのアルセラを引き寄せた。その仕草の意味にアルセラも気づいていた。ここは彼女が挨拶をしなければ始まらないだろう。
「職業傭兵の皆さん!」
その言葉に皆の視線はアルセラへと注がれた。
「此度の戦いでのご活躍、誠にありがとうございます!」
武勇を尊び、喧騒を好み、そして、友情と絆を何よりも重んじるのが傭兵という生き物だった。歓声とともに言葉が返ってくる。
「おう! ありがとうよ!!」
「領主様もな!」
そして、他の傭兵たちにも声が駆けられる。
「おい! こっちこい! 新領主様と勝利の立役者のご登場だ!」
「待ってました!」
足早に傭兵たちが集まり、歓声が上がる。そして、私たちを拍手でもって迎えてくれたのだ。
私たちの周りに人の輪ができる。その数は70人ほどだろうか。おそらくは村の復興作業に支援として残ってくれた人たちだ。
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