それから私たちは湯船から上がるとお互いの髪の毛と体を洗いあった。
この辺りでは麦の産地ということで、大麦や小麦の糠を目の細かい布袋に入れて石鹸代わりに使っていた。また、この近隣にオリーブの産地があるということもあり、オリーブ油を材料とした石鹸も用意されていた。
「すごい、この石鹸、油臭い匂いがしない」
昔聞いた話なのだが、石鹸は油と灰から作られるのだけど、その油が問題だった。
獣の脂身などから取られた獣脂の石鹸は強いにおいが残る。そのため悪臭の残らない良質の石鹸は女性たちの強い需要があった。
「これなら髪の毛を洗っても嫌な臭いが残らないわね」
私の言葉にノリアさんが言った。
「はい。他の土地の方たちもお土産によく持って行かれます。ルストさまも持って帰られますか?」
「ええ、ぜひ」
そんなことを喋りながら互いの体を洗い合う。当たり前だがいやらしい思いは微塵もなく、お互いを思いやる交流だけがあった。
ただちょっと本音を言えば、歳のこともあるのかノリアさんの体つきはちょっとだけふくよかだった。
アルセラもすっかり裸の付き合いに抵抗がなくなったのだろう。恥ずかしさも遠慮もなくなり、屈託なく話すようになっていた。
「それにしても、お姉さまはやっぱり素敵です」
「あらどうして?」
「だって」
アルセラは私のお腹をそっと触りながらこう言った。
「コルセットが要らないくらい、腰がこんなにくびれているのに胸の形も立派なんですもの」
「それはよく言われるわ。同性の人達からも。その体は反則だって」
私がそういえばノリアさんも言う。
「私もそれ思いました」
私たちは声を上げて笑い合う。
「でもあなたもまだまだ綺麗になるわよ?」
「そうですか?」
「ええ、女っていうのはね、13~14で体が大人になり始めて、15~16で体が出来上がり始めるの。そして17~18で大人の体になるのよ。だから努力すればまだまだ間に合うわよ」
「はい!」
彼女の嬉しそうな声が返ってくる。そして、私はアルセラのお腹をちょっとだけつまんでこう言ってあげたのだ。
「そのためにはもうちょっと、ここを絞らないとね」
館に籠ってあまり体を動かさなかったのだろう。体つきは悪くないのだがちょっとだけ無駄なお肉が多いような気がする。
思わぬ事を指摘されてアルセラは恥ずかしがりながら言った。
「お姉さま、ひどーい!」
大丈夫、冗談だと分かってくれている。お互い声を上げて大声で笑ったのだった。
体を洗い終えて再び湯船につかる。すると夕食時が終わったのだろう。一般の村人たちが少しずつ降り始めていた。
少しお歳を召した40くらいの農家風のおばさまが言う。
「あら? ご領主様?」
一緒に行った16歳くらいの女の子も言う。
「それにルストさん」
私はそう問いかけられてにこやかに笑顔で返す。
「こんばんは。今お風呂ですか?」
私の問いかけの言葉に親子らしい二人は答えてくれた。
「ええ、夕食を終えるといつもここに来るんです」
「いつでも入れるから。すごく助かってます」
その言葉からは、この共同浴場が村人たちの暮らしにとても役立っていることがよくわかる。母親らしき方が問いかけてきた。
「みなさまも夕食後ですか?」
するとアルセラが微笑みながら言う。
「いいえ、夕食はこれからよ?」
するとその母親らしき人が意外なことを言った。
「それならばいい頃合いですよ? みんなお祭り気分で目抜き通りの広場で夕食の炊き出しをやってますから」
そして娘の方が言う。
「私たちもそこで食べてきたんです。ピラフとかシチューとかいっぱい出ていますよ! あとは村の名物のチーズ鍋とか」
なるほど、村は今がお祝い気分というわけだ。祝勝会のときは様々な地方からの来訪者を労うことのほうが重要だったから、当然と言えば当然かな。
「何しろ。アルセラ様がご領主としてお認め頂いた記念すべき日なんですから」
そしてふたりはあらためてアルセラに言うのだった。
「ご領主就任おめでとうございます!」
「おめでとうございます」
その言葉にアルセラは自然な笑顔でこう言った。
「ありがとうございます」
そこには絆があった。そう、村人たちと領主と言う、立場を超えた信頼の絆があったのだ。
湯船の中にその二人以外にも色々な人が入ってくる。私たちはそういった人々としばらくの間、自由な会話を楽しんだのだった。
それからどれだけ入ったろう? さすがに体がかなり暑くなっている。もうそろそろ頃合いだろうな。
私はアルセラに言う。
「そろそろ行こうか?」
「はい」
ノリアさんも言う。
「さすがにお腹も空きましたし」
「ふふ、ちょうどいい頃合いかもしれないわね」
一緒にお風呂に入っていた村の女性が言った。
「今日の炊き出し、まだやってるから間に合いますよ」
「ありがとう!」
そう言いながら私たちはお湯から出た。するとアルセラが自ら言った。
「それでは、みなさん。ごゆっくりなさってください」
その言葉に村の女性たちが各々に挨拶を返してくれた。彼女らに見送られて私たちはお風呂から出る。
丹念に体を拭き、髪の毛から水分を取り、髪型を整える。
するとノリアさんがあらかじめ用意してくれた夜用のシュミーズドレスを出してくれる。綿入りの厚手の作りで暖かく作られている。
「湯冷めするといけませんので」
それも3人分、私とアルセラとノリアさんとでおそろいの仕様。それを着てさらにその上にロングのマントローブを湯冷め防止のために重ねる。
脱いだ衣類は、あの領主用の個室風呂の更衣室へとしまってくれた。明日の朝までに綺麗にしてくれると言う。
「それじゃ行こうか」
「いい感じにお腹も空きましたし」
「はい!」
私たちはそんなふうに言葉を交わしながら。共同浴場をあとにしたのだった。
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