私の言葉にバロンさんが補足してくれる。
「極秘任務は情報の外部漏洩を防ぐためにも、認識識別番号の妥当性確認を外部に委ねる事自体がありえない」
「そのとおりです」
私が肯定すれば皆が納得していた。
「また兵站管理部であるならどこでも備蓄物資の厳重管理のために認識識別番号の妥当性確認を随時行うことが許されています。ルプロア3級に西方司令部関連の兵站管理部にてゲオルグさんの番号で物資支給を依頼をしてもらったのは識別番号の確認のためです。ですが識別番号は通らなかった。あえて意図的にデタラメな数字を表記していたのは明らかです」
そして私は強く問いかけた。
「今回ゲオルグ中尉が3級であるラメノ通信師を同行させたのは識別番号の妥当性確認をされないようにするためでしょう。つまりは偽軍人であるとバレるのを遅らせるためではないのですか?」
私はラメノさんにも告げた。
「テラメノ通信師、つまりあなたは利用されていたんです」
その言葉に憤然とするラメノさん、言葉を失いつつも苛立ちの表情を浮かべている。だが、そこに気づけなかったのは彼女自身の責任だ。
「もう言い逃れはできません。さて、ダルカーク2級、ガルゴアズ2級、彼の体を抑えて頭を低く出させてください」
私は腰に下げた戦杖を抜きながら宣告する。それは以前の哨戒行軍任務の際にも、トルネデアス兵に対して行った現地処刑のさいのそれだ。
「偽軍人は軍規上でも即時処刑が許される重罪。現状、緊急事態なので拘束・連行せずこのままあなたを処分します」
若干の戸惑いの雰囲気が流れるものの異論を口にするものは誰も居なかった。偽軍人は事実であり、作戦指揮を司る私が採決したのだから当然のことだからだ。
抑揚を抑えた声での宣告にゲオルグは怯えているが、私は無視した。
「痛みはありません。一瞬です」
カークさんとゴアズさんが沈黙したままゲオルグの両肩をおさえて頭を前へと突き出させる。戦場での殴打による処刑方法の作法だ。それを見ながら私は手にした戦杖を振り上げる。
本気で戦杖を振り下ろそうと右腕に力を込めたその時だった。
「ま、待ってくれ! 言う! 全部話す!」
すんでのところで戦杖がとまる。その姿勢のまま言葉を聞き入る。
「俺は偽軍人だ。すべて認める! 本当の名は『オブリス・アルガイズ』――詐欺や不法侵入の常習犯だ。西方司令部の〝ガロウズ・ガルゲン〟と言う男に命じられたんだ!」
皆が厳しい視線を向ける中、すべての経緯をゲオルグは語り始めた。
「に、偽軍人は以前からやっていた。兵舎に忍び込み枕探しや物資のちょろまかしを繰り返していた。軍の下級兵や下士官の兵舎は警戒が甘く簡単に入れる。だが、あるとき見つかり捕らえられた。勾留の後にガロウズに引き合わされて『見逃す代わりに命令に従え』と言われた」
疲れ果て怯えた表情で語る彼に私は問う。
「疑問はわかなかったのですか?」
だが彼は顔を左右に振った。
「選択の余地はなかった」
だが彼はその後がいいづらいのか沈黙をしそうになる。だがその沈黙を押し止めるように私は言う。
「あなた、左袖の内側に刺繍をしてますね? 誰かのイニシャルでは?」
ゲオルグ――否、オブリスはハッとした表情を浮かべる。どうやら図星らしい。
「どういう事だ?」
ドルスさんの疑問の言葉にバロンさんが言う。
「恋人の居る新兵や、新婚の兵卒たちがよくやっています。私もやったことがある」
「えぇ、フェンデリオルでは襟や袖の内側に恋人や愛妻の名前を刺繍で縫い付ける風習がありますよね?」
私の補足に皆が納得していた。
「どなたの名前ですか?」
私が問いかければ彼はつらそうな表情でこう答えた。
「俺の、女房だ」
そこでがっくりと項垂れて力をなくす。カークさんもゴアズさんもすでに彼を押さえつけていない。その必要がないからだ。
「子供はないが大切な妻がいるんだ。でも長年、労咳を患っていて薬が欠かせない。そこで早駆けの荷物運搬や肉体労働でその治療費を捻出していたが到底足りやしねぇ――だから窃盗に手を染めた。偽軍人を始めたのは想像以上に正規軍人の兵卒の兵舎の警戒が甘いためだ。そこで味をしめたんだ」
持病の治療のための薬代の大変さは私もよく知っている。私が傭兵稼業に手を染めたのもミルフル母さんの薬代捻出のためだからだ。ましてや労咳は安価で良い薬がまだ見つかっていない。あっても非常に高価だ。家族が労咳になり、借金に苦しんだり、犯罪に手を染めたり、心中をはかったりと言うのは未だに珍しくないのだ。
ゴアズさんが言う。
「私も兵舎の管理の甘さのことは聞いたことがあります。毎年、懸案にのぼるのですけどね」
ゲオルグの言葉が続く。
「今回の仕事を引き受けたのは捕まって逃げられなかったと言うのもあるが、もっと大きい理由があるんだ」
意を決してゲオルグが言う。
「妻の労咳が悪化して、サナトリウムに入院させないといけなくなってしまった。そのためにも大金が居る」
それが彼の逃げられない理由だった。あまりにも悲しい理由だった。
「今回の仕事に成功すれば妻をサナトリウムに入院させてくれるとガロウズのやつは言った。これで妻を苦しみから救ってやれると思った。悪いことをしているとはわかっている」
詫びの言葉を漏らしながらもオブリスは嗚咽していた。だがプロアさんが唐突に告げた。
「それは甘いぜ、おっさん」
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