旋風のルスト 〜逆境少女の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方国境戦記〜

美風慶伍
美風慶伍

葡萄色のドレスへの着替えと大佐の来訪

公開日時: 2021年11月5日(金) 21:10
文字数:2,733

 それから2階の部屋に戻り準備をする。


 今日は隣接領地の領主夫妻の方々との懇親会をする予定になっている。来賓たちと昼食会を共にして、その後にホタルを招いての演奏会、そのうちにお茶を飲みながらの談話。

 何気ない交流パーティーのように見えるが、それぞれがそれぞれの領主としての立場を背負っての語らい合いになる。

 そしてその場で自らの立場を確立させなければならないのはアルセラ自身だ。それを見守るのは私の役目だ。

 

 自室にて待機していると部屋の扉がノックされる。


「どうぞ」


 そう声をかければ扉を開けて入ってきたのはサーシィさんだった。


「失礼いたします」


 その声と同時に衣装を抱えた彼女が入ってくる。


「本日のお召し物ですが、先日と同じように入浴後にお召しになっていただきます。入浴場への異動までの間、こちらをお召しになってください」


 彼女が持ってきたのは前合わせのロングローブでネグリジェの上にそのまま着るようになっている。さらにその上に薄手の生地のケープ型マントを重ねるようになっていた。

 ネグリジェは脱がずにその上にローブとケープを羽織るのだ。

 サーシィさんが差し出すそのままにローブに袖を通し腰帯を締めるとケープ型マントを重ねる。足下には保温のために木綿のソックスが履かせられた。

 

「それではこちらへ」


 サーシィさんが招くままに歩いて1階へと降り政務館の外へと向かう。館の入り口の正面には馬車が横付けに止められていてすぐさまそれに乗り込む。

 向かう先は昨日も利用させてもらった村の共同浴場だ。

 そして昨日と同じように奥の方にある領主専用の浴場へと案内される。

 そこで待機していたのは侍女長のノリアさん以下昨日と同じ3人だった。そしてそこで衣類を脱がされて生まれたままの姿になると、されるがままに身を委ねる。

 湯浴みをし、全身を手入れしてもらい、顔と髪型を化粧し、心地よさで眠ってしまうところまで昨日と同じだった。

 そして、優しく起こされて目を覚ますと、場所を移動して着付けの始まりだ。

 

 ノリアさんたちが用意した衣装を眺めれば、先日着させてもらったローブ・ア・ラングレーズに似ているものの細かな違いが見て取れた。

 コルセットを必要とするローブ風ドレスであるのは変わらないが、肩の露出するオフショルダーではなく襟は高く首筋の中ほどまで来るハイネック、両袖も膨らみを帯びており肌も露出せず肩や腕のラインもそれほど露骨にはシルエットに現れない。

 コルセットを締めて、ペチコートとパニエでスカートのラインを形作るのは同じだが、先日よりは膨らみは抑え目だった。

 サーシィさんは言う。


「本日の懇談会は夜会服としてではないので大人しめのものにさせていただきました」


 やはりそうだ。先日の祝勝会の時は華やかさの方が意味があるので、肩やデコルテラインの露出は当然だし袖周りのデザインも二の腕のラインがはっきりと現れる細めのものだった。

 でもこちらは候族同士の語らい合いの場が着用目的なので女性らしさのアピールは抑えたものになる。

 色合いは昨日とは打って変わって濃い目のぶどう色で落ち着いた印象の中に威厳のような物を感じさせてくれる。

 

「昨日とは違いますね」

「ええ、催される会に合わせて衣装を変えるのは基本ですから」

「そうですね、おっしゃる通りです」

「ではお召し替えさせていただきます」


 ノリアさんが一言断ると3人で軽く会釈する。


「よろしくお願いね」


 私がそう答えて着付けが始まった。

 それから半刻ほどの時間が過ぎて着付けが終わった。当然ながら昨日と同じくコルセットも締めている。2度目ともなると多少は慣れてくる。そしたらトラブルもなしにドレスへの着替えは終わった。


「では参りましょうか」


 私はサーシィさんに再び招かれながら馬車に乗り、元来た道を政務館へと戻って行ったのだった。



 †     †     †



 馬車に乗り政務館へと帰り着く。そして、用意された朝食のために館内の会食場へと向かう。すると、そこではすでに査察部隊の仲間たちが普段着の姿で顔を揃えていた。一人だけ姿が見えないのはドルスだ。


「あら? ぼやきは?」


 私はそのことを尋ねればゴアズさんが。


「二日酔いですよ」


 と答えてくれた。いかにも彼らしい結果に苦笑せざるを得ない。傍らから侍女の一人が告げる。


「宿舎の方に、消化に良いスープとお飲み物をお届けしておきました」

「ありがとう悪いわね」


 そして私は皆にこう答える。


「今日は特に予定はないので、各自自由行動とします。節度を持って過ごしてください」


 私の言葉に皆がうなずいていた。

 カークさんが言う。


「そう言ってくれると俺たちも助かる」


 と安堵の表情で答えてくれた。神経が休まらない日々がずっと続いていたのだから当然だった。

 始まる朝食。シンプルなオニオンスープ、手間をかけて作ったブイヨンをベースに塩と玉ねぎの甘みだけで味付けしたものだ。ワルアイユ特製のふわふわの白パンに、程よく焼けた厚切りのベーコン。さらにコルカノンに果物が何種類か用意してある。私達は感謝を述べながらそれを食したのだった。


 そして、食事を終えると各々に散っていく。ここ数日の出来事でそれぞれに人のつながりが生まれている。古くからの知り合いとの再会に旧交を温めることもあるだろう。私は彼らを見送ると、政務館の応接室で休ませてもらうこととなった。

 とりあえず今は何もせずにのんびりしようと思う、せめて午前中くらいは。そう思いながらソファーに腰掛けて体を預けた瞬間、私は眠りに落ちていく。起こされるまで私は眠り続けた。

 よほど深く眠ってしまったのだろう。ノリアさんに起こされるまで何も気づかずに眠り続けていた。


「もし、エルスト様」

「ん……」


 柔らかいソファーにもたれて眠りこけていた私の肩をノリアさんが揺らして起こしてくれる。

 うっすらと目を開けようとするとノリアさんの他にもう一人気配があることに気づいた。


「え?」


 慌てて目を覚ませばそこに佇んでいたのは、昨日もお世話になった正規軍のワイゼム大佐だった。


「あっ? 大佐?」


 慌てて体を起こして立ち上がろうとする。そんな私を大佐はにこやかに笑いながらやんわりと押しとどめる。


「はっはっは、疲れているのだろう? かまわぬ、座ったままで結構だ」


 昨日の軍の礼服姿とは異なり普段の制服姿で大佐は現れた。そして私の向かい側に座ると語り始める。


「昨日はご苦労だったね」

「ご丁寧にありがとうございます。何か重篤なことが起こるのではないかと思いずっとヒヤヒヤしていたのですが」

「うむ、今のところ大事件に繋がるようなことは防がれている」


――防がれている――


 その表現が私には少し引っかかった。


「とおっしゃいますと? やはり何かあったのですか?」


 私のその答えに大佐は感心しつつも少し深刻そうな表情で答えた。


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