会議場と作り変えられた礼拝神殿の中へと数多の人々が続々と入室してくる。
男性もいれば女性もいる。当主と言えど必ずしも男性ではないからだ。
礼拝堂の中は窓が閉ざされているため壁面のステンドグラスの精霊絵画が外界からの唯一の明かりだった。
天井からはガス灯が幾重にも下げられていて、精霊神殿の中を煌々と照らしている。
その灯りに照らされて会議参加者たちが続々と席に着いていく。男性はこの時代の主流であるルダンゴトコート姿で、正装の一つとして頭部には三角帽や二角帽が被られている。
手には手袋とともにステッキが握られていて、襟元には純白の布地でクラバットが巻かれていた。
それに対して女性たちの装いの主流は、コルセットを用いないシュミーズドレス、あるいはエンパイアスタイルと呼ばれる柔らかなシルエットのドレスだ。生地は高級なシルク製で、さらにその上に防寒用を兼ねてスペンサージャケットやルタンゴトジャケットを重ねていた。
頭部にはひさしのついたボンネット帽を被り、手には女性用の細身のステッキを持つ者や、フェンデリオルの人間らしく簡略化された戦杖を持つ者もいた。
いずれもが、燕尾服姿の執事や従僕を従えていた。
ひな壇状の座席には最上段に従者用の控えの場がありそこで待機しているのが慣例となっていた。
会議参加者たちがあらかじめ決められた所定の席へと腰をおろし清寂を守り始めた時、その会議は始まろうとしていた。
まず最初に、精霊神殿の奥から姿を現したのはフェンデリオル正教における儀礼儀式の全てを司る儀仗官だった。純白に金糸の縁取りのついたキャソック姿で、右手に振り下げ式の香炉を下げながら密かに入殿してくる。
その香炉から、紫煙を漂わせ、左手で鐘を鳴らしながら精霊神殿の中を四度一周する。最後に祭壇前で足を止めて祭壇へと向き直ると、左手の鐘を4回打ち鳴らした。
それは会議を始める前の邪気を追い払う清めの儀式。公的な会議の前でも行われる正当な儀式だ。
儀仗官と入れ替わるように、ルタンゴトコート姿の男性が3名ほどの従者を引き連れながら入殿してくる。この親族会議の議長であり進行役でもあった。
彼は討議場の祭壇間際に立つと、周囲を見回して声高らかに告げた。
「本会議進行役、シノロス・コーザ・モーデンハイムの名において宣言する!」
彼の声と共に会議場に居合わせた者たちは一斉に沈黙を守る。
「これより、モーデンハイム家親族会議参加資格者全員による上級親族会議を始める! この会議に異議ある者は居るか?!」
親族会議議長のシノロスの声に異議を唱えるものは皆無だった。
「異議無しとして会議を始める!」
そして会議は次の段階へと進む。
「まずは親族会議の議題を確認する! 親族会議発起人! 前へ!」
その声と共に精霊神殿の別の入り口から姿を現したのは意外な人物だった。
「発起人ユーダイム・フォン・モーデンハイム!」
姿を現したのはルスト=エライアの祖父であるユーダイムだ。姿を現すなり彼は答える。
「ユーダイムここに」
その服装は他のものと同じ、ルタンゴトコート姿だ。だが年を経ているだけあって、着こなしは威厳に満ちていた。
そしてもう一人、呼び出されるべき人物がいた。
「議論対象者モーデンハイム家宗家現当主、デライガ・ヴァン・モーデンハイム!」
さらに別の扉から3名ほどの職業傭兵に囲まれて姿を現したのは、エライアの父にしてモーデンハイムの全てを統べる立場にあるデライガだった。服装はルタンゴトコートだったが、頭にはなにもかぶらず、またどこかやつれて荒れた雰囲気を放っている。髪は銀色、瞳は翠色、娘であるエライア、すなわちルストと同じ色をしていた。
だがその風貌は親子とは考えられないような違いがあった。そのデライガは明らかに追い詰められているような気配を漂わせていた。
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